覇者の驕り
著者のデイヴィッド・ハルバースタムは、
アメリカのジャーナリストであり、ノンフィクション作家であり、
そんで俺が尊敬、尊敬というには言葉が足りないくらい尊敬している人のひとりです。
本作はいわゆる産業ノンフィクション。
戦前・戦後、およそ1940年代~1980年代にかけてのフォードと日産の興亡を描きます。
これが、もう、本当に素晴らしい。
例えていうならワンテーマだけで構成された『プロジェクトX』全50巻DVDボックス。
それくらい人間と・歴史と・自動車産業について、鮮やかに・いきいきと描いている。
ノンフィクション作品には、事実だけを淡々と述べる作品もあり、
それはそれでいいものなんですが、ハルバースタムの書き方は違う。
情熱とエネルギー、刺激と想像力をもって見事な「ドラマ」を生みだす。
ざっとキーワードを羅列してみましょうか。
初代フォードによる大量生産方式の確立、中産階級化する労働者たち、
仮借なき労使紛争と社内派閥闘争、日本車の台頭とダットサン、
日産での苛烈なストライキ、フェアレディZと片山豊、スポイルされる自動車産業、
リー・アイアコッカとロバート・マクナマラ、ラルフ・ネーダーと天谷直弘、
広告とマーケティング、石油ショック、第三の国・韓国、etc.etc...
人物を取り上げる際には、その人の生い立ちや象徴的かつ刺激的なエピソード、
さらに知人のコメントまで挿入して「こんな人なのだな」と読者に思い描かせる。
事件や重大事を描く際には、その背景に何があり、どれくらいの影響力があるのか、
業界について知らない人にもわかりやすく解説する。
そんなんだから、本書で描かれたことを少しでも覚えていれば、
「最近のソニーは、まるで初代フォードのように硬直化しているな」とか
「自動車産業が歩んだ道を、ネット産業も歩んでいるのかも」とか、
「うち社長って超ワンマンでー、つーか超アイアコッカでー」とか言いたくなる。
つまるところ、自動車産業というひとつの産業について書いていながら、
社会一般、人間一般に当てはまる普遍的な共通問題としても読ませている。
「自動車産業の興亡はこれこれこうでした、おわり」
ではなく、
「自動車産業の興亡はこれこれこうで、それはひとつの歴史であり、
なればこそ未来についての教訓が隠されている。読者はそこから学べる」
というふうに読めるわけ。
実際にそう書いているわけではないよ。
読者がそう読めるし、自然とそう読まざるをえないように書いてある。
だからこそ初版から20年以上たっても面白いし、何回読んでも色あせない。
これは本当に、本当に恐るべきことです。
特殊な事例、特殊なエピソードを書けば、確かに新奇性で面白がられるけども、
いったん熱が冷めると、いささか陳腐に見えてしまう。一発屋のピン芸人とかね。
そうではなく、いつでも・いつまでも、
どこの誰が読んでも「面白い!」と思える作品にするためには、
何でもない普遍的なことを一本のドラマとして描かなければいけない。
そのためには、取り上げる題材の根底に眠る普遍性を拾い上げる力が必要。
たとえテーマが特殊なものであっても、ですよ。
これは砂地に潜む砂金をさらうような根気と情熱がいる力だけど、
ハルバースタムにはそれがあった。だからスゴいし、面白い。
文庫版にしておよそ1200ページにおよぶ長編作品。
執筆のためハルバースタムは日本にも約8か月間滞在し、インタビューを実施。
「8か月間も!」と思うか、「たった8か月間で!」と思うか。俺は後者です。