ファン・ホーム ~ある家族の悲喜劇~

はい、海外コミック、グラフィックノベルです。

アイズナー賞最優秀ノンフィクションにも選ばれた傑作です。

いわゆる「オルタナティブ・コミック」。

ヒーロー&ヒロインが活躍する漫画ではなく、純粋な人間ドラマです。

この1冊で完結しているし、アメコミに関する予備知識もほぼ不要。

本作は著者の父親とその死、

そして著者自身について語られる、私小説的作品です。

父親は、必要以上に家屋内の内装や家具類の美的価値にこだわり、

それを家人にまで強要する、著者にとって“身近だけど、つきあいにくい人”。

そんな父親は、実はゲイだった。

著者は、そんな父親の「唯美主義的」な趣味が嫌いな「スパルタ的」人間。

ただ、英米の文学作品については、父親と共通領域で話ができる。

そんな彼女は、実はレズビアンだった。

ここまで書くと、波乱万丈な家族ドラマが展開されるのではと思うでしょうが、

そんなことは全然なくて、細かい・無数の散文的なエピソードと、

淡々と語られる著者自身のモノローグがメイン。

この著者、とにっかく言葉の限り、そしてあらゆる思い出を尽くして、

自分の父親(ときには母親)について語る。

もちろん、ただの思い出話だけじゃなくて、自分と父のセクシュアリティ

共通話題であるジョイスやプルーストからの引用も交えて、深く深く語る。

その分、文字量もハンパなく多くて、内容も結構難しいんだけど。

でもその語り口には、自分を取り繕うような偽善も、

読者にわかりやすくするための(漫画的な)カリカチュアライズもない。

ただただ、真摯で丁寧で誠実。

でもその誠実さ・真摯さが、何というか、いいんだよ。

アルバムの写真1枚1枚について「ああこれはね…」と語っているイメージ。

あるいは、信頼できる友人と夜通し語るベッドサイドトーキング。

そして繰り返し繰り返し語られるうちに、

著者が描く父親像が読者の中で明確になっていく。リアリティを持つ。

そうなったとき、読者は自分とその家族について顧みるようになるはず。

個人的に一番好きなシーンは、

主人公から「この週末は何を読めばいい?」と問われた父親が

「ふむ。そうだな」と言うシーン。矢印で「大得意」と書かれてるの。

そうそう、父親って自分の得意ジャンルについて子供から質問されると、

すごく得意満面になるんだよね。普段あまり仲好くない親子だと特に。

(なお、今回のエントリはAmazonに投稿したレビューを下敷きにしています)