鉄鍋のジャン!

美味いものが好きです。この価値観が多様化・先鋭化した世の中においてでさえ、「美味い!」ということは、それだけで“是”だ。 まあ、人が美味いと感じるものは、文化や個人の嗜好によってあれこれ変わりますけど、美味いものがダメって人って見たことないでしょ。「いや~、オレ美味いものって嫌いなんだよね」って人、いないでしょ。美味しいものは万国共通の「よし」とされる価値観。このシンプルな解釈が好きだしそれを腕一本で実現させる料理人という仕事は、本当にすごい仕事だと思う。 と、ゆーわけでー。はい、西条真二鉄鍋のジャン!』です。 いわゆるひとつの料理漫画。ですが、あえてこう言わせてもらいましょう。この漫画こそが真の料理漫画です、と。 ストーリーはいたってシンプル。伝説の中華料理人の孫・秋山醤、通称ジャンが、ライバルの料理人や、いけすかない料理評論家と料理バトルを繰り広げる。こんだけ。いや、ホントはもう少しあるんですけど、まあこれだけ知ってれば無問題。ジャンの信条は「料理は勝負」であり、誰よりも美味い料理を作ることがすべてだと言い張る神域の料理バカ。 料理以外のことは基本的に眼中にないので、料理バトルの対戦相手や料理トーナメントの観客たちにも失礼&無礼なこと言いまくる。というか悪人キャラ。 だけでも最終的には美味い料理を作って、しかもただ美味いだけじゃなくて、“誰にも予想がつかない”“型破りな”料理を作って、相手に勝利する。例えば「鳩の血のプティング」、「うろこも食べられる鯛」、「マジックマッシュルームのスープ」などなど。※ホントはそれだけじゃなくて、正統派・伝統的な料理も多数作ってます。その「悪人が料理の味で持って、虫の好かない奴らを蹴散らす」というカタルシスが本作のひとつの魅力でございます。 が、ががが、ぶっちゃけそんなことは瑣末なものに思える。前述したように、オレはこの作品こそが本当の「料理漫画」だと思ってます。なぜか? 料理しかしてないからだよ! はっきり言ってしまえば、本作には、ちまたの料理漫画にありがちな、
  • 「思い出の味でお涙ちょうだい」
  • 「家族の味で一家団らん」
  • 「料理うんちくを通じて世界情勢を語る」
  • 「つぶれかかった料亭を復活させる奇跡の料理人」
  • 「世界一の料理人になるための夢と努力」
  • 「一流シェフが見せた気配りとサービスの真髄とは!?」
みたいなものは、一切なし! 一切、とまではいかないけど、まあほとんどない。マジで。それこそ弁当についてくるパセリ程度の存在感しかない。 ただ、ひたすらに料理バトルを繰り返し、美味い料理を作って作って作りまくるという、そういう漫画。『グラップラー刃牙』の方向性で料理漫画描いたら、たぶんこんな感じになる、といえば分かる人には分かるかね。 その分、というか、だからこそ調理シーンの描写はとても細かい。調理手順や素材の扱い方、道具の特徴なども可能な限りと描写しており、“どういう工程でこの料理ができたのか”がわかるようになってる。セリフ量も少年漫画らしからぬ多さです。一見、荒唐無稽そうな料理も、きちんと調理手順や材料が紹介されるし、少なくとも現実世界にあるもので再現できる(と思う)。もちろん必殺技はナシ。たまに人間離れした技は出てくるけど。 何よりも評価したいのは、「この料理のどこがスゴイのか」をきちんと説明しているところ。料理の味の説明もそうだけど、料理としての完成度の高さや独創性、その料理がバトルのテーマに則しているか、などを解説した上で、料理の勝ち負けを判定している。 だから、「料理なんて個人の好き嫌いじゃね?」と思うことはないし、勝負の結果にも、味の説明にも納得がいく。ここらへん、本物の料理研究家が監修してるだけのことはあります。コミックスには読者向けの簡単な中華料理レシピのコーナーもあり、「なるほど、こうやれば美味く作れるのか」というお得感も得られてグッド。 だけんども絵柄が若干濃く(連載は少年チャンピオンでした)、しかも主人公が悪人顔なので、オレの周りではいまいち評価されてないです。というか読まれてさえいないです。食わず嫌いしゃーがって。 まあともかく、料理好き、料理漫画好きにはぜひ読んでほしい。すばり言いますが、美味しんぼ』なんてメじゃねーぜ。マジで。料理人に必要なものは「美味い物を作る」、ただこれだけであり、なればこそ料理漫画は、“美味い物を作る料理人を描く”漫画なのだ。5つ星。全巻セットの電子書籍版はこちら。