はだしのゲン

明日が、8月6日、なので。


 『はだしのゲン』をサヨク的だとか反日的だとか、
そんな視点だけで批判する人が、いまだに……いいか、いまだにいる。
逆に反戦漫画だとか、平和漫画だとか、
そんな視点だけでほめそやす人も、いまだにいる。

無礼を承知で申し上げるのなら、
そういう人は、おのれの教養のなさ、見識の狭さを恥じるべきです。
あるいはこう言ってもいい。あなたは頭が固い。

本作は、戦争だの平和だの、愛国だの反体制だの、右翼だの左翼だの、
保守だの革新だのといった範疇には決して“収まらない”。 

そんなのは、本作の真意を汲み取れない「おとな」たちが、
自分の知っている枠組みを押しつけただけだ。
「あ~、それってこういうことでしょ」と自分勝手に解釈しただけ。
これは、非常に無礼な行為です。 

ハッキリ言いましょう。 
はだしのゲン』は、大いなる「抵抗」の物語、「ノン!」の物語です。
「抵抗」、これがテーマです。
何に対する抵抗か? 決まってる。「人間を翻弄する運命」への抵抗だ。

ゲンは物語の始まりから終わりまで(つまり第2部完まで)、
徹底的に何かしらの障害にぶつかる。

原爆や戦争だけではない。 
戦争に反対したことによる村八分、終戦後もなお続く混乱と貧困、
原爆症の恐怖、被爆を生き延びたものに対する差別、
原爆使用をしたアメリカ軍、原爆を肯定する高圧的なGHQ
変わらない軍国主義的教育、教師を目の敵にする不良たち、
庶民を食い物にするヤクザ、etc、etc... 

右も左も、保守も革新も関係ナシ。
さまざまな艱難辛苦が次から次へと激流のように押し寄せて、
人を押しつぶし、翻弄し、負け犬にしようとする。

こうした中にあってもゲンとその仲間たちは、くじけない。
したたかに、たくましく抵抗する。ときにはケンカだってする。
「いやじゃ!」、「嫌いじゃ!」と。 

念のため書いておくけど、
ゲンたちが国や軍やGHQなどを批判していないってことじゃないよ。
個々の場面では軍国主義的やり方や、GHQの傲慢さに対して
正面から「ノン!」を突き付けている。

だけど、だからといってゲンたちは反政府運動に加わったり、
共産主義思想を振り回したりすることはない。
あくまで人間としての道徳的直感に従い、
街中の素朴な市民として生き抜いていく。それだけだ。 

このゲンたちの生き方を象徴するのが、ゲンの父親のセリフ。

「元(ゲン) おまえは麦になれ きびしい冬に青い芽をだし ふまれてふまれて
つよく大地に根をはり まっすぐにのびて 実をつける麦になるんじゃ」 

作中の重要場面でしばしば登場していることからも、
ゲンの生き方と本作そのものの精神的骨子であることがわかる。

ご覧の通り、政治も哲学も宗教も感じさせず、
それらを超えた“人間としての在り方”を説いている。 
つまり、「運命に負けるな」、「困難にくじけるな」、
「何だかよくわからない大きなものに流されるな」ってこと。
これこそが『はだしのゲン』の本質であり、
イデオロギーを超えた次元にある、大いなる“抵抗”の物語だと私は考える。 

そしてまた、戦争を経験したことのない現代の人間や
諸外国の読者にも『はだしのゲン』が広く読まれているのは、
政治も哲学も宗教も超えたリアリティを持ち得ているからこそだ。
(ここでの「リアリティ」ってのは描写が細かいとか、 
正確な事実関係ってことではなく、
社会的な共感・反応を呼び起こせる生々しさってこと)

想像にすぎないけど、中沢啓治先生が今の時代に現役だったら、
3.11以後における「抵抗の物語」を描いたんじゃないか。

国にも東電にも、マスコミに群衆にも堂々と「ノン!」を突きつけ、
同時に国や東電やマスコミを批判する高等遊民にさえ、
ガーン!と目の覚めるようなキツい一撃を食らわせてくれただろう。
そして、それでもなお、力強く・明るく・たくましく生きる
人間たちの姿をいきいきと希望をもって描いたはず。

現在、中沢先生は白内障のため漫画家を引退しています。
そのため『はだしのゲン』東京編は未完のまま。
だけども、それを抜きにしてもなお本作は抜群に面白く、
いつの時代でも胸に響く作品だと断言できます。10つ星。


……とまあ、難しいことを書き連ねてきましたが、
つべこべ言わずに読んだほうが早い。
ぶっちゃけ『はだしのゲン』は戦争漫画の皮をかぶった一級のエンタメであり、
漫画として純粋に面白い。特に戦後編と第2部の面白さは、
“青春映画×『仁義なき戦い』”とでも言うべき痛快さがあるし、
少年から青年になるビルドゥングス・ロマンとしても読める。

また、ところどころのシーンにジワジワくるおかしさが隠れてて、
読んでいて新たな笑いどころを発見する楽しみもある。
こんな企画も行われるくらいです。→「はだしのゲン」最萌えコマ大賞 

※リンク先は『はだしのゲン』ファンサイト「1995 Gen Production」 
中沢先生公認。「はだゲン」への愛に満ちたバカバカしくも素晴らしいサイト。 

そういう、ゆるぎない面白さがあるから、 
はだしのゲン』をイデオロギッシュな視点だけで批判or賞賛することが、
僕には許せないんだよなあ。心の狭い話だとは思うけど。