第9地区

ツイッタのTLで急に流れてきたので、
今日はニール・ブロムカンプ監督、ピーター・ジャクソン製作、『第9地区』。

いい映画。非常にいい映画です。
特定の客層にこびず、続編でもなく、有名俳優を起用せずに、
独創的で、風刺的で、刺激に満ち、しかもエンターテインメントとして成立している作品。

物語は南アフリカヨハネスブルク上空に、
突如として超巨大UFOが現れるところからスタート。
船内には異形の宇宙人たちが多数乗り込んでいたが、明らかに衰弱しきっていた。

宇宙人ら(その見た目からエビと呼ばれる)は高度な兵器を有していながらも、
単純な意思疎通しかできず、おまけに理知的な思考に乏しいため、
人間社会でトラブルばかり引き起こしてしまう。

そこで地球側は対エビ専門機関の超国家企業体「MNU」を組織し、
彼らをヨハネスブルク内の一画「第9地区」に集め、隔離&管理下においた。

その結果、数十年後には、エビたちはあからさまな搾取対象になっていた。
MNUは宇宙人らを厳格に管理し、特には処罰した。
地元のナイジェリア・ギャングたちは彼らに食料を詐欺同然のやり方で売りつけ、
さらにその兵器を大量に買いあさっていた(ただし兵器は地球人には使えない)。

そんな中、宇宙人らの新たな移住計画のためにMNUの職員・ヴィカスは
第9地区内へと立ち入り調査を行う。しかしその途中、
不注意から宇宙人の作った謎の液体を浴びたことで、体に異変が起き始める……。

とゆーのがあらすじ。

かつて南アフリカで行われていたアパルトヘイト政策を風刺した内容であり、
同時にまた、典型的な難民問題の縮図でもある。

つまり難民=エビ(宇宙人)たち、権力組織=MNU、
地元の暴力組織ア=ナイジェリア・ギャングという関係ですね。

生きる場所を求めるエビたち(難民)は、
優れた科学力と兵器(人的および物的資源)を持ちつつも、
地球に馴染めずにトラブルばかり引き起こしてしまう(地元住民たちの軋轢)。

そして、難民が地元のマフィアやヤクザに食い物にされてしまいがちなように、
かといって権力組織に頼ることもできないように、
エビたちもナイジェリアギャングに搾取され、MNUからもひどい扱いを受ける。

こういう状況を打破するのは、往々にしてアウトサイダーだったりしますが、
本作ではヴィカスがその役割を負います。

以下、ややネタバレ。

謎の液体を浴びたことで体に変調をきたしたヴィカスは、
ご想像の通り、徐々に宇宙人へと変貌していきます。

やがてMNUとギャングたちに追われることになったヴィカス。
なんとか宇宙人でありながら高い知性を持つクリストファーに助けてもらうんだけど、
ここで、凡百のハリウッド作品のように
「俺はエビたちのために戦うぞ!」みたいな展開にならないのが素晴らしい。

ヴィカスはあくまでもひとりの生々しい人間として描写されており、
その行動原理は「早く元の姿に戻って妻と会いたい」、この一心だけ。
事情を一番よく知っており、しかも迷惑をかけているクリストファーに対してさえ、
自分勝手なふるまいが目立つ。

観てる人にはもどかしすぎるんだけど、それが彼の焦燥感をよく表現してると思う。
体の変化に対するヴィカスの嫌悪感・戸惑いも、ものすごく真に迫っていて、
観ている側も、なんともやるせない気分になることは必至。

対するクリストファーはというと、
自分たちの境遇をなんとか改善しようとしている落ち着いた好人物(宇宙人だけど)。
戦いの最中でさえ、実験の犠牲になった仲間たちを悼む心を持ち合せている。
そして目的のためにはわが身を危険にさらす覚悟もあり、
もともと人間側のヴィカスに対しても、フェアな約束を交わす。

エビを搾取するギャング&MNU、生々しすぎるヴィカスに比べると、
クリストファーの存在は一服の清涼剤的な印象さえある。
まさにアフリカの地に咲いた一輪の花。言い過ぎか。

ヴィカスとクリストファー以外にも、企業的利益で動くMNUのうすら寒い冷淡さや
ギャングたちの野蛮かつ暴力的な怖さなど見どころが満載。
VFXもかなり高レベルで、最終バトルはSF好きにはたまらないものがあります。

いわゆるモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)風の構成も、
臨場感とリアル感を演出しており、とてもグッド。
短いシークエンスを積み重ねて、いろんな要素を112分内にまとめているんだけど、
ドキュメンタリータッチだから1場面が断片的でも不自然になっていない。
演出と構成がうまくマッチしてます。

最終的にヴィカス、クリストファーがどうなるのかは、実際に自分で観てもらいたい。
ほのかな希望を感じさせるラストシーンが、グッときます。
SF好き・映画好きにはぜひ観てほしい、今どき珍しいくらい直球な傑作。5つ星。