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読めよぉー。(´;ω;`)

あとプレイしたり、観たりしろよ。アメコミ翻訳はじめました。

孤独のグルメ

食に関する漫画は、日本漫画の裾野の広さを物語る格好の例だと考えてます。
たぶん、ですが、世界を見渡しても、
食という文化をひとつの漫画ジャンルにしてしまった国は、私たちの国だけです。
(個々の作品としては、料理漫画はあるかも知らんです)

当然ながら、ジャンル化したあとは細分化するのが世の常、人の常、ナベのツネ。
純然たる“料理”漫画としては以前も取り上げた『鉄鍋のジャン』があり、
グルメ漫画(ってあんまり言いたくないけど)としては『美味しんぼ』があり、
“食卓”漫画としては『クッキングパパ』があり、
小学生キッチン漫画としては『Oh!Myコンブ』があり、
果てはラーメンや寿司などの単品料理漫画、日本酒やカクテルなどのお酒漫画、etc...

脱線を許されるのであれば言わせていただきますが、
ここまで“食”漫画が発達かつ細分化したのは、
間違いなくこの国が「基本的に餓死とは縁がない」からでしょうな。
だってアフリカの貧困国でグルメ漫画って想像できる? できないよねえ。
皮肉でなく、グルメ漫画が成立しているうちは、
基本的にこの国は“飽食”の国であり続けますわよ、オホホホ。

閑・話・休・題。

で、今回の『孤独のグルメ』も食に関する漫画なんですが、
細かくジャンルを絞っていうのであれば、そうです、「食事漫画」です。
 
この漫画、90年代半ばに連載されていたんだけども、じわじわと再人気の火がついて、
2012年初頭にはテレビドラマ化までされたというロングセラーです。

背景にはネット上での妙な人気(おもに画像掲示板での人気)があるんだけど、
まあそこらへんはここでは取り上げません。

「持ち帰り! そういうのもあるのか」とか、
「ぶた肉ととん汁で ぶたがだぶってしまった」とか、
「あ…ごめんなさい それ来月からなんですよ」とか、「うおォん」とか、
「それ以上いけない」とか、そういうのは取り上げない(書いてるやんけ)。

「え、それ以外でこの漫画、語ることあるの?」と言われると困るんだけど(困るなよ)。

いや、そうじゃなくてさ、この漫画から受け取りたいことはさ、
「メシが食えて、しかも美味いということは、キミ、なんと幸せなんだろう」ということだよ。

本作の主人公である井之頭五郎は、とにかく食べる。ただ食べる。
町中の何でもない食堂でのぶた肉いためライス、小さな甘味処の豆かん
真っ昼間のひとり焼き肉、炎天下でのウインナー・カレー、
徹夜作業で買いこんだコンビニおでん、入院先の病院食などなど。

ただ食べるんじゃなくて、美味そうに食べる。
いや、なんというか……はっきり言いましょう、いとおしそうに食べる。
彼がものを食べるという行為に、愛さえ感じる。

こんなセリフは言っていないんだけど、
「ああ、美味しい、美味い。なんて美味しいんだ。美味い、美味すぎる!」
みたいなセリフをアテレコしたくなるくらい、ひたすら・無心に・食べている。

そんな食べてばっかりの漫画のどこが面白いのかと問われると困るんだけど、
そんの食べてばっかりのすべてが面白いんだから仕方がない。
だからこそ“食事漫画”っつってるがよう。

俺自身、味覚のストライクゾーンが広くて、割と何食っても美味く感じるので、
五郎ちゃんのこの感覚、「食べることのいとしさ」には共感できる。
食事における博愛主義というか、食べるヒューマニストというか、
食事が美味いということへの驚き、崇敬、感動。これが見事に表現されてるのが本作です。

重度の風邪とか食中毒になった人はわかると思うんだけど、
罹患中って濃いめの味がついた料理なかなか食えないじゃないすか。
おかゆとかヨーグルトとか、消化にいいものばっかりで。

そういうときって、おかゆなりヨーグルトなりを精いっぱい楽しもうと思うでしょう。
「あー、おかゆってこんな味だったなー」とかってなるじゃない。

で、完治してからラーメンとか食うと、それがまたビックリするくらい美味い。
インスタントラーメンでも、胃が驚きのあまりしゃっくりするくらい美味い。

普段、私たちがどれだけ「有難いもの」を食べているのか。
この『孤独のグルメ』という漫画は、そういう再認識を促してくれる。
だから10年以上も愛され続けてるんだと、俺は思う。普遍性があるからね。

夜中に読むと信じられないくらいお腹が空くので、それだけは注意。5つ星。読めよぉー。