スコット・ピルグリム
博士「どうしたんじゃ、カン太くん」
カ「日本漫画っぽい絵柄と、全3巻って読みやすさにひかれて、
『スコット・ピルグリム』っていう海外漫画を読んでみたんだけど、
ケンカで倒した相手が経験値とゴールドとボーナスアイテムに変わったり、
異空間を通じて瞬間移動したり、ベジタリアンのサイキック野郎が出てきたり、
戦闘ロボットが出てきたりして、しかもそれに対するツッコミも説明もないんだよ~」
博「はっはっは、それは“マジック・リアリズム”じゃよ」
カ「まじっく・りありずむ?」
博「そう。魔術的リアリズムともいうのう。
現実的で日常的なものと、幻想的で非日常的なものが隔てなく混在していて、
しかもそれを作中でごく当たり前のものとして違和感なく登場させるのが特徴じゃ。
例えば空を飛ぶ家や、1メートルのリンゴ、若返る老人なんかが、
さも当然のように登場したりするんじゃな。
カ「うーん、普通のSFやファンタジーとは違うの?」
博「SFやファンタジーは、作中の登場人物や読者自身が、
『これはSFだ』、『これはファンタジーだ』と認識しているじゃろ。
マジックリアリズムだと、その垣根がないんじゃ。
また、幻想・神秘が登場するシーンは、やたらと写実的に描写されるのも特徴じゃな。
これによって、現実は神秘的になり、神秘は現実的に感じられるんじゃ」
カ「へ~、何だかわけわかんない表現技法だね! まどろっこしいや!」
博「ほっほっほ。作中のできごとをいちいち説明してもらわないと理解できない、
ケツの青いお子様のカン太には早かったようじゃな」
カ「なんだい、博士だってエロ知識は豊富なくせにシロウト童貞じゃないか!」
博「てめえそれは言っちゃダメじゃんよおおぉぉ!」
* * *
という小芝居はさておき、ブライアン・リー・オマリー『スコット・ピルグリム』です。
日本語版は、『スコット・ピルグリム vs ザ・ワールド』と、
『~&インフィニット・サッドネス』、『~vs ジ・ユニバース』の全3巻。
上の表紙を見ての通り、日本漫画の影響を強く受けた画風が特徴。
モノクロですっきりした描線、多用されるスクリーントーン、集中線やスピード線、
漫画的記号によるキャラの表情、人物のデフォルメ、作者からのメタなツッコミなど、
日本人が描いたといっても通用すると思います。
ただ、ストーリーに関しては、日本漫画のソレとは明らかに違う。
主人公は23歳のカナダのトロント在住の青年、スコット・ピルグリム。
女子高生の彼女がいるにも関わらず、
夢で見た美女・ラモーナを現実でも見つけ、ひと目ぼれする。
しかしラモーナとつきあうには、彼女の7人の元カレを倒さなければならない。
スコットはラモーナの愛を得るべく、元カレ軍団と長き戦いを始める……。
……というのがあらすじですが、上で述べたように、
元カレとの戦いではストIIやファイナル・ファンタジーばりの非現実的な描写が満載。
空中コンボ決めたり、魔法を使ったり、倒したらレベルが上がったりして、
しかもそれについて何の説明もないし、作中の人物も当たり前のように受け止めている。
まさにマジック・リアリズムですな。
しかもゲーム的というか、ナード的というか、ニンテンドー的というか、
ともかくそっち方面に特化したマジック・リアリズム。
読んでて混乱するといえば混乱するし、説明を求める読者の気持ちもわかるけど、
そこはあえてこのカオスを楽しむのが適切な鑑賞スタンスではないかなー、と。
ストーリー全体に、青年特有のイキオイと空回りが通低音的に流れているので、
いちいち「なんでこうなるの?」とツッコミ入れるのは野暮ってもんでしょう。
それはそういうものなんだと納得しながら読み進めていけば、
おバカな友人に振り回される感覚で、現実とマジックの混在を楽しめる、と思います。
アメコミヒーロー作品のように他作品との関連もなく、全3巻で完結しています。
デザインセンスがキッチュでポップでイカスので、ビジュアル重視の人にもおススメ。
キャラ造形もかわいい。ドラマーのキム・パインがイチオシ。ゲイキャラも多いです。