アストロシティ:ライフ・イン・ザ・ビッグシティ

一般的に、アメコミといえばヒーローコミックが主流ですが、
そのヒーローコミックにも、主流の作品から傍流の作品までいろいろありまして、
今回紹介するのは、どちらかというと傍流のヒーローコミックです。

アストロシティ:ライフ・イン・ザ・ビッグシティ』。
キャラクターデザインとカバーアートは、大御所のアレックス・ロス先生です。

パッと見た感じだとアメリカン・ヒーロー作品のようですが、全然違います。
第1作はイメージコミックスから、その後はオマージュコミックスで出版され、
最終的にはDCコミックの1ブランドである(多分)ワイルドストームにて出版されました。

作品概要をひと言でいうと、ヒーローコミックへのオマージュ的な作品です。

舞台はアストロシティという、アメリカにある架空の大都市。
街にはスーパーヒーロー&ヒロインが実在し、日常的にニュースをにぎわせている。

怪力と超スピードの飛行能力、未知のエネルギーを駆使するサマリタンや、
卓越した剣の腕と飛行能力を持ち、世の女性のために戦うウィングド・ビクトリー、
黒づくめのフードに覆面をかぶり、夜の街を守るコンフェッサー、
ピエロのような格好で自警活動を続けるジャック・イン・ザ・ボックス、
中世から存在していたとされる守り神のような存在・ハングドマンなどなど。
もちろん、ヒーロー&ヒロインたち同士によるチームもあり。

こうしたマーベルやDCコミックのヒーローたちを彷彿とさせる超人たちが、
犯罪者やスーパーヴィランたちと戦い、事故や災害を防いでいる。

それだけならスーパーマンやキャプテンアメリカといった
伝統的なヒーローコミックと変わらないんだけど、本作は物語の切り口が非常に独特。

マーベルやDCコミックなどの伝統的ヒーロー作品が、
基本的には事件やイベントを中心にして物語を展開するのに対して、
ヒーロー&ヒロインら個人や、彼・彼女たちに守られる一般市民、
さらにはエイリアンの斥候らの等身大のマクロな視点からストーリーが語られます。

例えば本作の第1作目のエピソードでは、サマリタンの1日が描かれます。
サマリタンは、本作の表紙を飾っているキャラで、
上記の説明からも分かる通り、スーパーマンをオマージュとしたヒーローです。

普段は一般人として週刊誌で校閲の仕事をしている彼は、
特殊な警報装置で世界中の大事件や大災害を察知し、
それこそ秒単位で地球のあらゆる場所を飛び回っては悲劇を未然に防いでいる。

仕事は未来から持ってきた生体コンピュータに任せきりであり、
会社の仲間との付き合いも薄く、深夜1時まで働きづめで、自宅では寝るだけ。
無論、恋愛・結婚をするヒマもないから雑誌記事で女性のピンナップを見ると気が沈む
そんな彼の唯一の楽しみは毎日見る夢なんだけど、その内容は……続きは本誌で。

その他のエピソードも、リアルで等身大な視点からの切り口で描かれる。

偶然にも著名なヒーローの素顔を知った小悪党の悲喜劇や、
ヒーローチームと凶悪なヴィランとの戦いを目撃した新聞記者の思い出話
魔物たちが日常的に存在する区画で生まれ育ったとある女性の独白、
地球侵略を目論むエイリアンのスパイ側から見た地球人の醜さ・愚かしさ……。

共通するのはどれも“既存のヒーロー漫画で見過ごされてきた些細なこと”だという点。
「スーパーマンってどうやって仕事してるの?」とか、
「偶然でもバットマンの素顔知った一般人、いるんじゃねーの?」とか、
「よくヒーローに1代目・2代目ってあるけど、どうやって引き継いでるんだ?」とか、
「何がエイリアンに地球侵攻の決意をさせたんだろう?」とか、
そういったちょっとした思いつきや疑問、別の視点を中心に据え、
完全新規のヒーローたちの物語を通じて回収しようとしている。

これは実際に本作の前書きにてビュシーク本人が語っているんだけど、
「スーパーヒーロー世界のメインストリームから外れて、脇道の陰に隠れた、
まだ語られぬ物語」を描くのが、このアストロシティなわけです。

エピソードを通じて、超人たちの性格や特長、出自、
アストロシティ住民のヒーロー観などが浮き彫りになるように描かれており、
無理なく読み進められるのもグッド。
ユーモアやちょっとした日常風景などを交えながら、情感豊かに描きあげている。

もちろん、というか当然、スーパーマンバットマンら伝統的ヒーローと違って、
長い歴史や細かい背景設定もないので、
まったくゼロからアメコミヒーローに触れる方でも無問題です。

惜しむらくは、このアストロシティシリーズ、
翻訳済みは、本作と次巻『アストロシティコンフェッション』の2巻しかないということ。
それであっても、ヒーローたちはカッコいいし、エピソード自体もすごく面白い。
いちおう本国アメリカでは2010年に完結しているので、
思い切って全巻翻訳してくれる出版社を待ちたいところです。おススメ。