スワンプシング
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えー、ひと口にアメコミのヒーローと言ってもいろいろなタイプがおりまして、
中にはオカルトヒーローと呼ばれるキャラたちもいる。
一度死んでヒーローに生まれ変わったデッドマンやスぺクター、
悪魔や地獄とのつながりが深いゴーストライダー、
悪魔退治を含む怪奇現象のプロである探偵ジョン・コンスタンティンなどなど…。
あと、スポーンもそうなのかな、死人だし。
で、そんなオカルトヒーローの中でも飛び抜けてモンスターちっくなのが、
今回取り上げる『スワンプシング』です。
スワンプシング。日本語的に言えば“沼の怪物”。
このキャラは、もともとアレック・ホランドという植物学者であり、
農作物の生長を促進させる植物組織復元剤の研究をしていました。
が、薬品を狙う秘密結社の妨害に遭い、研究所は爆破されます。
試作の薬品を浴びながら、爆破の衝撃で近くの沼に吹き飛ばされるホランド。
結果、骨格から皮膚・内臓・脳までがツルやコケや木でできた
文字通りの植物人間、スワンプシングが誕生した。
彼は、不死の秘密に取りつかれた狂気の科学者アントン・アーケインらと対決しながら、
元のホランドの姿に戻るべく、孤独な旅を続けることになる……。
というのがオリジン。
なんだけど、1971年に登場して以降、人気は徐々に下降線を描いていた。
そこでテコ入れのために地獄からイギリスから召喚されたのが、
そう、ご存じ僕らのムーア先生。さっすが!
1983年、ムーア先生はスワンプシングの設定を巧みに換骨奪胎し、
まったく別の性格を持つキャラクターに生まれ変わらせた。
しかも、これまで通りホラーやダークファンタジーなテイストを失わずに、です。
その見事な再構築の手腕は、当時のほかのコミック原作者たちが
「自分らが時代遅れの恐竜になったかのように感じた」ほどだったそうですが、
そこらへんは今回の主題ではないので割愛。
で、今回取り上げる『スワンプシング(SAGA of SWANP THING)』は、
再誕生以降のエピソードを翻訳でまとめた1冊。
* * *
収録エピソードは3つ。
・まずは上記、ムーア先生の名を一躍アメリカ中に知らしめ、
スワンプシング再誕の契機となった「解剖学講義(The Anatomy Lesson)」。
表紙を入れて24ページ、1話完結のエピソードですが、恐ろしいほど完成度が高く、
他のコミック原作者たちがビビったというのもよくわかる。
時系列の倒置、絶妙な換骨奪胎ぐあい、科学的な解説、サブキャラの配役、
モノローグとセリフのバランス、“人間らしさ”への危うい問いなど、
この1話だけでもムーア先生の手腕が知れようというもの。
* * *
・続いて、もう一人の植物人間“プラントマスター”ことフロロニックマンが、
スワンプシングを利用して人類へのへの復讐を企てるエピソード。
フロロニックマンは植物操作能力を持つマイナーな悪役ですが、
優秀な植物学者としての顔も持っており、
上記「解剖学講義」でスワンプシングの謎を解明した人物でもある。
その彼がスワンプシングを仲介として、地球の全植物と接触するべく画策し……。
人間らしさの危機に立たされたスワンプシングの不安や、
植物の代弁者として暴挙に出るフロロニックマンの狂気と破滅が、
アラン・ムーアらしい比喩と暗喩を通じて巧みに描かれていて読み応え抜群。
フロロニックマンの最期の姿には、悪役とはいえゾッとします。
一方、スワンプシングの味方である白髪の美女アビゲイル(アビー)と、
彼女の夫であるマット・ケーブルも登場してきます。
アビーは、スワンプシングのかつての宿敵アントン・アーケインの姪で、
スワンプシングの奇怪な姿も気にしない心優しく気丈な女性。
マットは彼女の夫であり、かつてはホランドの友人でもあったが、
ある事故がきっかけで妄想を具現化できる能力を身につけている…という設定です。
* * *
・ラストは、上記のアビゲイルと、ある少年を襲う“恐怖”を描いたエピソード。
フロロニックマンを退けて心穏やかな日々を過ごすスワンプシングとアビー。
アビーは己の生きがいを探すべく自閉症児対策センターで働き始めるが、
“モンキーキング”という怪物を異常に恐れる少年ポールがいた。
ときを同じくして、アビーが住む街に奇妙な男が訪れる。
その男、ジェイソン・ブラッドは、彼女の身に危機が迫っていると警告するが…。
ちょっとした事故から生まれ、ポールを不幸のどん底に陥れたモンキーキングは、
ポールを始めとする子どもたちの恐怖をエサとする。
怪物と対決することになるポールと、彼を守るべく奮闘するアビーとスワンプシング。
その間隙をぬってモンキーキングを食らおうとするジェイソン・ブラッドの内なる悪魔。
この三つ巴の戦い・心理戦が見どころです。
人が怖れるものに姿を変えて襲い来るモンキーキングのおぞましさと、
その恐怖に飲みこまれまいとする少年の勇気が素晴らしい。
最後、スワンプシングとポールの会話も味わい深い。
* * *
スワンプシングの物語としては、これ以降も続いていくんですが、
この単行本に収められているのはここまで。
翻訳されていないので憶測ですが、妄想具現化能力を持つマットや
アビゲイルの呪われた宿命などが絡んでくるのではないかと思います。
(ネットで調べろよって話ですが)
でもまあ上記3エピソードだけでもかなりの読み応えがあるのは確か。
フロロニックマン暴走のエピソードでは、
DCユニバースでお馴染みのジャスティスリーグの面々も出てきます。
もちろんジェイソン・ブラッドが登場するので、あの赤服の悪魔も登場。
相変わらずの慇懃無礼っぷりがウケる。
ホラーとしても読めるし、ダークファンタジーとしても読めるし、
「解剖学講義」で再構築されたあとは
“この俺とは何か?”という哲学ファンタジーとしても読めるようになった。
恐怖よりも興味深さのほうが先立つので、
ただ怖がりたいという人向けではないですが、純粋に面白いのでオススメ。
なお、アメコミ知識は「ちょっとあればベター」なレベルなので無問題です。