戦闘妖精・雪風

寒いね、今年最後の作品紹介になるかしらん。

神林長平、『戦闘妖精・雪風』です。神林作品、3つ目か。

時は近未来、南極に突如として現れた超空間通路を通じて、

謎の異星体「ジャム」が地球に侵攻してきた。

人類はジャムを「通路」の向こう側にまで撃退するが、

それは新たに発見した惑星「フェアリィ」での新たな戦いを意味した。

主人公・深井零(れい)は、フェアリィ星における独立軍隊・FAF(フェアリィ空軍)の

特殊戦第五飛行隊、通称<特殊戦>に所属するパイロット。

乗機は、戦術戦闘電子偵察機・FFR-31MRスーパーシルフの3号機「雪風」。

スーパーシルフは、高度な電子兵装だけでなく、

無人飛行・無人空戦さえ可能なほどの人工知能も有する。

そんな戦闘機を駆る特殊戦のパイロットに与えられた任務はただひとつ、

「あらゆる戦闘情報を収集し、味方を見殺しにしてでも必ず帰還せよ」。

零&雪風とジャムとの非情な戦いが始まるが、

それは同時に、人間と機械との戦いをも意味していた……。

とゆーのがあらすじ。

1作目である本作は連作短編となっており、

零と雪風を中心にいくつかのエピソードが展開されていきます。

零は(というか特殊戦パイロットは)機械のような人間で、

基本的には任務達成が第一としか考えていない。

任務以外のことは「俺には関係ない」し、

数少ない信じられるものは自分の腕と雪風の性能だけだ。

ジャムとの戦闘では大量の電子情報が不可欠であり、

だからこそ特殊戦パイロットには

「味方を見殺しにしてでも帰還せよ」という任務が下される。

そのことに疑問を持っていては、ジャムにやられる。

それゆえ、零は任務にも雪風にも疑問を抱かない。

その一方、ジャムが人間たちの前に姿を見せることは滅多にない。

FAFは攻撃されたから抗戦しているのであって、

わずかな意志の疎通さえ成功したことがない。

それゆえ、作中では次第に

「ジャムは、本当に人間たちに戦闘を仕掛けているのか?」

という疑問が呈されるようになる。

ひょっとして、雪風のような戦闘機械知性体こそが、

ジャムにとっての本当の“敵”となのではないか、と。

零の数少ない理解者であり戦友でもあるブッカー少佐は、

戦闘が高度電子化し、零のような人間が増えていくこと、

つまり“人間の非人間化”こそがジャムの狙いなのではないかと懸念する。

だから、ジャムとの戦いには人間は必要だと訴える。

しかし、FAF内にある戦術コンピュータなどは、

ジャムとの戦闘では“人間は邪魔だ”と(暗に)主張するようになり、

戦いの主役は無人戦闘機vsジャムという構図になりつつある。

雪風やその後継機などは無人での空戦もこなす。

乗員の安全性を気にする必要がないので、

それこそ手綱を外された暴れ馬のごとく、

縦横無尽に大空を駆け、ジャムの戦闘機を軽々と撃墜する。

では、零やブッカーや、その他の人間たちとは何なのか?

人間よりはるかに高度な戦闘や知的活動をこなす機械知性体、

言葉も価値観も世界観も異なるジャムという存在。

この2つに対し、どうコミュニケーションし、どう戦えばいいのか。

ここらへんがテーマになってきます。

近年は無人戦闘機がごく当たり前に利用されるようになっているし、

自動運転車もそろそろ実現間近だと言われてます。

また、人工知能(的なもの)もどんどん身近になってきて、

自然言語で「これこれって何?」と聞けば、

かなりの精度で正解を提示するSiriみたいなソフトもある。

これってほんの10~20年ほど前には考えられなかったことで。

もちろん、知性として独立しているわけではないけど、

このままいけば20~30年後くらいには、

完全に自立・自律した人工知能が登場するのではとも言われている。

そうなったとき、我々も、零やブッカー少佐みたいな

「では人間とは何だ? 機械知性とどう接すればいいのか?」

という問題に直面することになる。

なにも軍事に限ったことでなく、

労働や創作活動、日常生活にも人間以外の知性が進出するようになる。

もっとロマンティックに言うのなら、

真に「もはや人類は孤独ではない」というレベルにまで進むでしょう。

まあそういう社会を望まないラッダイトな人たちも中にはいますが、

技術の進歩は歴史の常であるからして、たぶん避けようがない。

なら、機械知性体の登場から目を逸らすんじゃなくて、

せめて自分の中だけででも納得できる立ち位置を見つけておいたほうが、

精神衛生上もよろしいでしょう。

その立ち位置を見つける糸口みたいなものが、

雪風シリーズでは描かれている、と思ってます、個人的に。

すごく興味深いなと思ったのは、次の一文。

「人間には予想できず理解できないようなことでも、

 コンピュータの論理ではまったく正常なことが、よくある」。

例えば作中、雪風は乗員の危険を顧みない空戦機動を行うことがままある。

でもそれは「ジャムに勝て」という目標を最優先に従ったためであり、

人工知能である雪風にとってはごく当たり前のこと。

同じことがすでに世界の機械知性体にも起きているのではないか。

例えば時おり「無人戦闘機が民間人を誤爆した」という報道がなされますが、

あれは実は、コンピュータのバグでも技術的限界でもなくて、

無人戦闘機的には「正しい行動」なんじゃないか。

無論、今の無人戦闘機にそんな高度に「間違う」機能もないんだろうけどさ。

でも、本格的に自立・自律した知能が搭載されたらどうだろう。

例えば「我が軍の敵を自動判断して攻撃せよ」って命令された無人機が、

「一番の敵は無能な上層部」みたいな判断を下す可能性が微粒子レベルで…?

そういうことを考えさせてくれる作品です、本書は。

まあ、テーマうんぬんを抜きにしてもすごく面白い作品であることは確か。

文章はソリッドかつスピーディー。つまり超クール。

戦闘機に関する専門用語もガンガン出てきますが、

読み流してもストーリーにはついていけます。

本作以降も「グッドラック」、「アンブロークンアロー」と続いており、

ジャムとの戦いも、機械知性体との関係も、より複雑に展開。

異星体とのファーストコンタクトを描いたハードSFとしても読めるし、

人間とは・意識とは何ぞやという哲学的な考察を楽しむSFとしても読める。

SFファンだけでなく、人工知能やロボットに興味がある人も必読。

ただ「楽しい!」だけじゃなくて「楽しくて考えさせられる」一冊。10つ星。

なお初めて読むのなら、上記のリンクではなく、

改訂版である『戦闘妖精・雪風(改)』が手に入りやすいです。

表紙は無印版のほうがカッコいいと思うんだけどね。

ちなみにAmazon「オールタイムベスト小説100」にも選出されてます。さすが。