Fables vol.1 "Legends in Exile" (翻訳その7)

※『Fables』は、おとぎ話を題材にしたファンタジーコミックです。悪の勢力によって、おとぎ話の世界“ホームランド”から追放されたさまざまなキャラクターたちが、現実世界で素性を隠しながら生活しています。キャラクターたちは自らをフェイブルズと称しています。

【階段を上る2人。ビグビーはうしろからジャックを押さえ、歩かせている】

ビグビー「俺の靴を拾っておいてくれ」

ジャック「血が出てるだろ? 医者を呼んでくれよ」

ビグビー「泣きごと言うな」

【上階から降りてきたスノウやグリンブルたちと鉢合わせる】

スノウ「おっと!」

ジャック「ひえっ!」

ビグビー「火事でも起きたか?」

【手に長剣を携えたスノウ】

スノウ「あなたたちを助けに来たんじゃない」

ビグビー「ありがたいね」

ジャック「誰か医者に連れてってくれ、死にそうなんだ!」

ビグビー「落ち着けジャック、大丈夫だよ」

ビグビー「ジョン、グリンブルと一緒にジャックの手当てを頼む。救急キットが机の裏にあったろ。そのあと、ジャックを自分の部屋に連れて行って、そこに居させておいてくれ」

【グリンブルは大柄の鬼のような姿に変身している。ドアマンのジョンと一緒に、ジャックを抱えて上階へのぼっていく】

※グリンブルは「3匹のやぎのがらがらどん」に登場するトロルのようだ。

スノウ「青髭はどこに?」

ビグビー「あいつは自分から進んでジャックの拘置所を乗っ取ってくれたよ。しばらくそこにいることになるから、独房を気に入ってくれるといいが。俺がヤツを捕まえたとき、ジャックを拷問している真っ最中だった」

スノウ「どうして?」

ビグビー「どうも彼は、ローズ・レッドの身に起きたというひどいウワサを信じていたようだな」

ビグビー「で、あんたはそのデカいナイフを持って何をするつもりだったんだ」

スノウ「あなたを助けようとしたのよ」

ビグビー「そりゃ、ありがたいことで。だが遅れて到着したのは正解だったな。青髭は熟練の剣士だ。君は違う」

ビグビー「もし君が来ていたら、あいつは君を排除した上で、俺と君の両方に襲い掛かっていただろうな」

スノウ「あら、少なくとも私が一撃加える前に、ってことはないでしょ。一撃あれば十分よ。それにこれはジャバウォックの“ヴォーパルの剣”よ、一振りで刻み刈り獲らん、とか何とかいうヤツ。これでも戦いにならないかしら?」

※“ヴォーパルの剣”は「鏡の国のアリス」内の“ジャバウォックの詩”に出てくる剣。

ビグビー「それはそれは。自分の首を切り落としたくないのなら、そいつは持ち歩かない方がいいな。来週のパーティーでは、“ひとまとまり”でいてもらいたい」

スノウ「どういうこと?」

ビグビー「パーティー会場で、首なし女に引っ張り回されるかもしれんってことさ」

スノウ「あなたと一緒にパーティーに行くなんて、いつ決めたかしら? っていうか、あなたはパーティーに行くの? 記念集会のお祝いに行ったことないでしょ」

ビグビー「今年は出席せざるを得ない。解決の糸口が見つかる可能性があるんだから、俺はその場にいる必要があるし、あんたも俺と“デート”しなきゃならんぞ。これについては少々面倒な話なんだが、今はまだ説明するわけにはいかん。そういうわけだ」

【エレベーターに乗ってスノウと別れるビグビー】

ビグビー「というわけで、今のところは説明を求められても、家に帰って着替えるしかないな」

【場面転換。ビグビーのアパートで電話が鳴っている。窓の外では豚のコリンが寝ている。結局、農場には行かなかったと思われる】

ビグビー「ちょっと待てって! すぐ出るよ。もしもし?」

【電話口に向かって話すビグビー】

ビグビー「何? ああ、すまない、連絡が取りにくかったんだ。何かわかったか?」

ビグビー「いや、まだだ。それ以上に、お前たちには悪い知らせがある。その部屋をきれいにしてもらいたい。まっさらな状態に戻るまで、モップで洗って、ワックスをかけるんだ。それもできるだけ早くな。その部屋は2日間しか借りることができなかったんだ」

ビグビー「掃除し終わったら、ローズの部屋に上がって、同じように天井から床まで掃除してくれ。いや、もうこれ以上証拠を保持しておく必要はない」

ビグビー「で、最後だ。両方の部屋の壊れた家具類をどこかに捨てて燃やせ。こっちの人間に見つかるなよ。全部終わったその時、帰宅してくれ。ああ、すまないとは思ってるさ。こういうときなんて言うか知ってるだろ。“楽できたのは昨日まで”って」

【受話器を置き、苦渋に満ちた顔を手で覆うビグビー】

<1時間後…>

【場面転換。スノウのオフィス。スノウは薄暗い部屋でジャックのPCを調べている】

スノウ「あらビグビー、寝る前に来てくれてありがたいわ。ジャックがやったこと、信じられないでしょうね。どうやら彼は『ドリームワールド.com』って会社のオーナーみたいなの」

スノウ「冒険ツアーを手掛けるベンチャー企業を、ここ1年ほどで公開しようとしていたみたいよ」

ビグビー「できれば今夜は、もう帰っていてほしかった。そうすれば明日の朝までこのニュースを伝えずに済む」

【スノウ、ビグビーの話に気づかずしゃべり続ける】

スノウ「ジャックはドットコム・バブルの波に乗ろうとしていたようね。みんながバブルだと気づいたあとに、だけど。どうも儲け話の情報商材詐欺に引っかかって大金をスッたみたいだわ」

ビグビー「スノウ、悪いニュースがある。心して聞いてくれ」

スノウ「だけどその大金はどこで手に入れ…えっ! なんて言ったの?」

ビグビー「平均的な成人女性の血液量は4200mlそこそこだ。その40%が失われると、取り返しのつかない事態を招く」

ビグビー「ローズの部屋に飛散していた血液は、最低でも2300mlだという報告をたった今受けた」

スノウ「そんな…ウソよ…」

ビグビー「つまり、ローズが生存している望みはゼロだ…すまない」