Fables vol.1 "Legends in Exile" (翻訳その15)
|
Bill Willingham
Vertigo
|
<翌日>
【スノウのアパート。外の庭ではブタのコリンが寝ている。スノウは書類を作成中のようだ】
スノウ「ビグビー、うろうろしないで座っててもらえる?」
ビグビー「すまんな、君の部屋を見たのは初めてなもんだから。よくやってるじゃないか。いい部屋だ。しかもでかい。バスルームに俺のアパートの部屋全部が入るぞ」
スノウ「収入のためにかなり働いていますから。このアパートは、フェイブルズのコミュニティー全体を動かしていることに対する報酬のひとつよ。さあ、仕上げるから座って」
ビグビー「まだ決めることがあるのか? 誰も幸せにならないような仕事をやりきったじゃないか」
スノウ「不幸ってのは可能の限りばらまかれるものなのよ」
ビグビー「コール老王は了解してるのか?」
スノウ「市長の仕事は客の“おもてなし”と一般的な政策を決めることよ。汚れ役は私の仕事。市長は私が決めることを受け入れるわ」
ビグビー「今日、君のあとをついて行けば誰も幸せにならないだろうな」
スノウ「クソ喰らえね。私は痛みとともに生きてるのよ」
ビグビー「いつからそんなひどい言葉を使うようになったんだか」
【タバコを取り出したビグビーに書類を手渡す】
スノウ「さあ、仕事よ。これをこの順に、これらの場所まで運んで。“流血沙汰”は私がやるわ。部屋を出るまでタバコはやめて!」
【場面転換。先日、プリンスとスノウとが話し合ったダイナー】
プリンス「さてスノウ、儲け話を拒否した同じ店の同じテーブルに戻って来たな。大団円だと言えるだろう。お金は持ってきたのかい?」
【プリンスに封筒を手渡す】
スノウ「ここよ」
スノウ「無駄遣いしないでね」
プリンス「残りは?」
スノウ「それで全部よ。もちろん事前に合意した手数料と経費は引いてあるわ」
プリンス「ナンセンスだ、道義に反する! あのくじ引きでは莫大なカネが動いたのに、せいぜい3000ドルしかない」
スノウ「それ以下。2000ドルと小銭だけね。サインする前に同意書をもっと注意深く読むべきだったわね。あの書類では、あなたが分け前を得る前に、私が“適切”な経費を得ることが同意されているわ。そして私こそが“適切な経費”を決める仲裁者よ」
スノウ「私たちが調達したお金は、青髭への清算と記念集会の費用に必要なのよ。余りがもらえてラッキーだったわね」
プリンス「だけど僕には関係ないだろ!」
【ビグビーとともに席を立つスノウ。プリンスは頭を抱える】
スノウ「馬鹿らしい。あなた、ローズと寝るべきじゃなかったわね。もし私があなただったら、残りされたお金を使ってジャックから称号を買い戻すわ。安値で売ってくれるはずよ、賭けてもいい。あなたが貧しい平民なら、そんなことやらないでしょうけど。じゃあ、さよなら。会計はお願いするわよ」
【場面転換。自分のオフィスで青髭と対面するスノウ。傍らにはビグビーが立っている】
スノウ「時間通りにお越しいただきありがとうございます、青髭公」
青髭「選択肢はなかった。君のペットのウルフ氏が、有無を言わせぬ様子だったのでね」
スノウ「ここはアメリカですよ、選ぶ自由はありますわ。例えばこのカバンには、あなたが私の妹に結婚持参金として渡した分が現金で入っています」
【スノウ、アタッシェケース一杯の札束を提示する】
スノウ「あなたを苦しめた過ちの賠償金としてこのお金を受け入れることを選ぶのなら、すべて丸く収まるんですが」
青髭「結婚の問題が残っているだろう」
スノウ「あれば終わりです」
青髭「しかし誓約書がある!」
スノウ「そうです、破棄された誓約がね」
スノウ「あなたは婚約を1年間秘密にすることに同意し、約束したはずです。具体的には記念集会のお祝いの日まで秘密にする、と」
青髭「それが?」
スノウ「集会の日の数日前に、私とビグビーに話してしまいましたね」
青髭「彼女が殺されたと勘違いしていたときと、君らに公的な尋問を受けたときだけだ!」
スノウ「それが? 宣誓書の条項に違反して、無価値なものにしてしまったのはあなたですよ。でも我々としてはあなたの損失分を弁償する意向なんですから、運がいいわ。別にそうしなくてもいいんですが」
青髭「こんなの受け入れられるか!」
ビグビー「なら金は返してもらう。それと、拘留中のジャックを殺害しようとした件については告発し直す以外にないな」
スノウ「遺憾ながら、あなたはご自身の亡妻たちと同じ道をたどることになるでしょうね」
ビグビー「あーららこらら」
【青髭、苦虫をかみつぶしたような顔で2人をにらむ】
【場面転換。中庭でローズとジャックに対面するスノウとビグビー】
スノウ「さあ取引よ、お坊ちゃん方。あなたたち2人ともに実刑も牢屋行きもなし。ただし、1年間の保護観察と200時間の公共ボランティア、罰金として1万ドルが科せられるわ」
ローズ「そんなお金持ってないわ」
ジャック「100万ドル払えっていうようなもんだ」
ビグビー「昨日それだけのカネを得ただろ。俺の情報屋によれば、“元”プリンス・チャーミングは自分の土地と称号を買い戻すつもりらしいぞ」
ジャック「それだけ? 誰にも何も起こらないままおしまい?」
スノウ「あなたたち2人とも、自由のままでおしまいなのよ。その自由は本来、あなたたちのどちらか一方しか受け取れなかったもの。行儀よく振る舞う限り、その自由はあなたたちのものよ」
【場面転換。アパートの屋上でたたずむ2人。あたりは夕焼け色に染まっている】
スノウ「こうして私たちは、どうにかこうにか幸せに暮らしましたとさ、めでだくもあり、めでたくもなし…」
スノウ「どちらかというと、めでたくもなし、ね。誰も幸せにならなかった。でもたぶん、殺し合いは避けることができたわ」
ビグビー「俺にはそれで十分だ」
スノウ「疲れる上に長い1日だったわね。へとへとだわ」
ビグビー「だがよくやっていたじゃないか。君の今日の仕事ぶりを見て、味方でよかったとつくづく思うよ」
スノウ「いいえ、私はみんなに釘を刺して回っただけよ。解決したのはあなた。あなたが何もかも解明した。間違いなく優秀な探偵だわ」
ビグビー「そのホメ言葉は皮肉か?」
スノウ「そうじゃないわよ。ただ…」
ビグビー「ただ?」
スノウ「まだ1つわからないことがあるのよ。どうして記念集会の日に、私をダンスに誘ったの?」
ビグビー「そのとき説明したろ」
スノウ「してないわ。事件解決の手助けに不可欠だったとは言ったけど、なぜダンス必要だったかは説明していない。ダンスに誘ったことが、どうしてあなたの助けになったの? どうしてそれが必要だったのよ」
ビグビー「さあ、理由は明確だと思うがね」
スノウ「なら、私がどうしようもないバカだってことね。はっきり説明してほしいわ」
ビグビー「ただ君と一緒にダンスしたかっただけだ、デートとしてね」
スノウ「本気? 私をパーティーに誘えないほどシャイだったのね。それとも怖がっていたのかしら。だから捜査に関係があるふりをしたの?」
ビグビー「ああ、その通りだ」
スノウ「誘うのが下手すぎるわよ」
ビグビー「そうか? 素直でちょっと変わってて、イケてるかと思ったんだがな」
スノウ「それはないわね。もうあんな誘い方しないでよ。私たちは仕事仲間、それ以上でも以下でもないわ」
ビグビー「はいはい」
スノウ「真剣によ。絶対にしちゃダメよ。私からは手を引くのよ」
ビグビー「わかったよ、了解した。はっきりとね」
<おしまい…今のところは>