漂流教室

およそ作品の表層だけがとらえられて誤解を受けることはままありますが、

この漫画もそんな誤解を受けている作品のひとつでしょう。

楳図かずお漂流教室』。

ある小学校が突如として丸ごと&生徒ごと砂漠と化した未来に飛ばされてしまった!

そこから始まる愛と勇気を描いた感動のSFロマンです。

もっかい言います。愛と勇気を描いた感動のSFロマンです。

楳図先生がもともとホラー出身だし、

人間の深層心理に働きかけるあの絵柄の影響もあって、

この『漂流教室』はパニックホラーものとしてとらえられがちです。

そんなことは絶対にない。少なくとも恐い「だけ」ではない。

断言しますよ。

確かに、サバイバルでパニックかつホラーなシーンも描かれます。

仲間割れ、食糧不足、病気の発生、暴徒、異形のモンスターとの戦いなど、

およそSFパニックに必要な要素はほぼ網羅。

ゾンビ映画でありがちなカルトまで描かれてたのにはびっくりした)

が、それでもこの作品の根底にあるのは愛と勇気なのです。

例えば主人公・翔が語る次の言葉。ちょっと、というかかなり長いけど引用。

「みんな!! このさいはっきり、心の持ちかたをきめたいとおもう!!

まずぼくたちは生き抜くということに目的がある!!

たとえ……もうだめだということが、わかったようなときにも

一瞬の可能性でもつくりだすんだっ!! この手で!!  そうだろうっ!?

ぼくたちがいままで学校で勉強してきたのはそのためだっ!! きっと!!

これからのぼくたちの勉強というのは、

いままでのようないい成績をとればいいというんじゃなくて、

じかに、自分たちの生死につながってくるんだっ!!

(中略)

だから、あらゆる方法で生きのびる手をつくらなくてはだめだとおもうんだっ!!

つくるという部分を、しっかり考えてほしいんっ!!

ぼくたち、すくいの手がさしのべられるのを待っておれないんだっ!!

だからそれは、ぼくたちでつくり出さなくてはならないんだっ!!」

引用終わり。

これが小学生の言葉かどうかというのは置いておいて、

このように「極限状況におちいったときに人はどうあるべきか」という

ところまで描いているんです。

もちろん、先に述べたとおり、性善説だけを描いたわけじゃあない。

優等生なセリフを言う主人公だって、暴徒と化した仲間たちを見て、

「同じことをしそうになるんだっ!!」と発言している。

不安とパニックに襲われたら誰もが自暴自棄なりたくなるということを、

作者が、主人公に身をもって体現させている。

でもそれだけじゃない。

楳図先生は、絶対に、人間愛・人間賛歌をもってこの漫画を描いたんです。

そこが、人間の(しかも子どもらの)残虐性を描いただけの露悪趣味的作品と

本作とが一線を画しているポイントです。

「どうだ! 人間は結局みんな悪人なんだ!

 追い詰められたら子どもだって殺し合いをするんだ!! 見ろ、見ろ!!」

こう主張し、何かしらの作品で表現することは、別に悪いことじゃあないし、

それは作者の自由だと思います。

が、俺はそんな作品を好きになることはないはず。

要するにそれは、美人に向かって「お前もクソするんだろ」と言うのと同じで、

そこには何の創意工夫もないからです。

楳図先生はそうではなく、人間の凶暴性やもろさを見据えつつも、

力強く前向きなメッセージを納得できるかたちで提示した。だからすごい。

読んだことある人なら分かると思いますが、

本作には、国語、算数、理科、社会といった学校での教科を

もとにしたシーンがたくさん描かれてます。

例えば主人公たちが「ただいま」という言葉に感動するシーンや、

投票でもって“総理大臣”を決めるシーン、

地割れを走り幅跳びの要領で飛び越えるシーンなどなど。

これは取りも直さず、

子どもの読者に共感してもらうためのフックなんじゃないかと思う。

進研ゼミ風に言うなら「あっ、学校で習ったのと一緒だ!」ってこと。

逆を言えば、楳図先生はそれだけ読者に共感してほしかったんだろうし、

多数の人の共感に耐えうるメッセージ性を込めたんじゃないでしょうか。

ちなみにラストは本気で感動します。ネタばれは避けますが、

単純な「みんな元通り」ではないことだけ伝えておきます。大傑作。5つ星。