分解された男
アルフレッド・ベスターといえば、『虎よ、虎よ!』のほうが有名だと思いますが、
本作も傑作です。というかこちらのほうが一般的には読みやすく、おススメしやすい。
というわけで、アルフレッド・ベスター『分解された男』。
ヒューゴー賞の栄えある第1回受賞作。
エスパーの存在によって、あらゆる犯罪が事実上不可能となった24世紀。
大企業の社主にして恐るべき野心の持ち主であるベン・ライクは、
太陽系最大の企業の樹立を目指すため、そして己の心に潜む強迫観念を打倒するため、
ライバル会社の代表であるド・コートニーを殺害する。
エスパーにさえ立証できるはずのない完璧な犯罪計画だったが、
一級エスパー刑事のリンカン・パウエルはライクが犯人であることを直感。
2人の心理戦・頭脳戦が幕を開ける!
というのがあらすじ。
読者には最初から犯人が分かってるし、
殺害方法も(エスパーをあざむく方法も)提示されているので、
「刑事がどうやって犯行を立証し、犯人追い込むか」がストーリーの骨格。
プラス、ライクの深層心理に潜む強迫観念「顔のない男」の謎も明かされていきます。
ベン・ライクはエスパーの精神探査をあざむくために、
中毒性の高い音楽を頭の中でリピートさせ、
パウエルはヘリも無線も持ち込めない自然公園に逃げ込んだライクを探すため、
エスパー数十人を総動員して「生きたレーダー網」を仕掛ける、などなど
犯人と刑事の駆け引きは手に汗にぎる面白さ。
んが、本当に面白いのは、このストーリーの“骨格”じゃなくて、“肉付け”。
つまり細かい舞台装置やセリフやテキスト、キャラクター。
まず舞台装置。これがふるっている。
とにかくSF的な舞台装置がバンバン出てきます。
視紅素イオン化爆弾、精神感応、神経スクランブラー、深層読心、
無我(イド)、録音クリスタル、モザイク起訴用複合電子計算機、共振銃、
集団精神エネルギー集中発現、世界震駭者、≪分解≫、などなど。
次から次へと「それが当然」と言わんばかりに、まるでガジェットの嵐。
多少のSFへの慣れは必要かもしれんが、
最初のうちは深く考えずに「こういうものか」と思って読めば大丈夫。
もちろん、エスパーの設定も面白い。
本作でのエスパーは社会的に認められた存在だけども、
その数が少なく、一般人から理解されているとも言い難い。
相手の心を読むには、対象者の協力がある程度は必要といった限界もある。
そこをうまく物語に絡めるのが見事。
続いてセリフおよび地のテキスト。
『虎よ、虎よ!』、『ゴーレム100』でもそうだけど、
作者のベスターはタイポグラフィ(※)を進んで使用することで知られてます。
(※フォントや級数、文字配置などのデザイン、グラフィック)
例えばエスパーのセリフは、純粋な精神のやり取りなので、
時系列的な言葉の順列を踏まえなくてもいい。
これを本作では、以下のようにして文字列で表現している。
要するに、こんな感じでセリフが 小説では上下2段に分かれてるんです
同時並行していく。エスパー同士 けどね。
の会話は自分の考えていることを
直接相手の脳みそに送信し、相手 実際そんな能力あったら頭ん中うる
の思考を受信する行為なので、時 さくてたまんないでしょう。
間はあまり関係ないのだ、という
ことを読み手に直感的に分からせ 実際の誌面はもっと技巧的です。印
ているわけです。 刷は苦労したんだろうなー。
24世紀という時代設定を考えて、
現代にはない「未来語」、とでも言うべきセリフ表現も多数あり。
登場人物の名前に「@」や「&」が使われていたりして面白い。
そして主人公、パウエルとベン・ライクのキャラクター。これが素晴らしい。
パウエルは熟練の刑事らしい、食えないところもある切れ者。
だけども、刑事とエスパーとしての職務には情熱的かつ忠実で、
これと決めた相手には絶対に引かない信念も持っている。
同時に、他者の優しさや魅力を十分に理解できる許容性の高さも持っている。
対するベン・ライクはというと、周囲を圧倒するほどの野心家。
心には聖人と悪人が共存しており、
人を引きつけずにはいられない人間的魅力の持ち主でもある。
絶え間なくエネルギーを発散する太陽のような男で、
それゆえに自分中心に世界を回してしまうほど精神的質量がデカい。
お互い、相手が才知あふれる人物であることも、
出会いが違っていれば最大の理解者になれたであろうと知っている。
しかしそこは犯人va刑事。命がけの駆け引きを繰り広げなければならん。
この2人による目まぐるしい攻防戦が読者をぐいぐい引っ張ってくれます。
ホント、アメリカでの初版が1953年とは思えないほど、色あせない。
翻訳も昔の作品にしては比較的読みやすいです。比較的ね。
ちょっとばかりSF的な素養は必要ですが、
それを抜きにしても読んでほしい一級のエンターテインメント。おススメ。