死と彼女とぼく
「おい そっちへいったら お ま え は 死 ぬ ぜ 」
などとユーレイから言われる恐怖。
はい、唐突すぎましたね。ちょこっとホラー特集でもと思いまして。夏だし。
今回は知る人ぞ知る(か?)名作ホラー漫画『死と彼女とぼく』。作者は川口まどか。
主人公の時野ゆかりは、死者、すなわちユーレイの姿を見ることができる。
幼いころから人付き合いがうまくいかず、孤独な毎日を送っていたが、
死者の声を聞くことができるもう1人の主人公・松実優作が現れる。
2人は、お互いに支え合いながら、強さと優しさを育んでいく……。
とゆーのが作品概要。
1話完結型の構成になっており、作品全体を貫くストーリーはないです。
だけども、作品全体のテーマはある。
ひと言でいえば、「死とは何か? そして生とは何か?」、だ。
この作品では、死者の姿を見ること・声を聞くことが、
とてもとても恐ろしいこととして描かれています。
死者は多くの場合、不気味な姿をしており、生者への呪詛を吐き出し続ける。
冒頭にあるような言葉を投げかけられることもあるし、
より直截的に「死ね」「殺せ」「殺してやる」とののしられることもある。
もちろん、命を狙われることだってある。
ただ、ゆかりも優作も、死者とコミュニケートできる以外はごく普通の高校生。
特殊な呪文も知らないし、悪霊をやっつけることもできない。
しかし、しかし! 恐ろしい死者たちだって「元・人間」。
自ら望んでおぞましい姿になり、現世をさまよい続けているわけではない。
(作中でも“幽霊”ではなく“死者”と言い表されている)
だから、ゆかりと優作は、お互いでサポートし合いながら、
どうにか助けてやれそうな死者たちの手伝いをする。
死者たちが心安らかに存在できるよう、その執着心を解きほぐすわけだ。
その過程で死者たちの悲哀と苦悩、孤独と恐怖、そしてときには優しさに触れながら、
ゆかりと優作は少しずつ自分たちの生き方を学んでいく。
いってみれば「死を通じて生を考える漫画」というのがこの作品です。
実際、コミック巻数を重ねるにしたがって、
人間ドラマや“どう生きるか”というテーマも濃くなっていく。
涙を誘うエピソードだって多数あります。
なんつっても出版社の売りだし文句が「ヒューマン・ホラー」だから。
なので、純粋な恐怖を期待して読むと、いささか肩すかしをくらうかも知んない。
ただ、本作は純粋なホラー漫画としてのクオリティも素晴らしいものがあります。
たしかに描線はやたらと硬質で、今風でもないですし、
正直あまり一般受けする絵柄ではないです。
が、セリフ回しが絶妙に上手い。特に初期のエピソード。
静かに淡々と、だけどしっかりと、枕元で恐い話を言い聞かせるように読ませてくれる。
ホントはよくないんですけど、これは実際に読んでもらいたいので、
4ページだけ画像を引用します。申し訳ありません。
KCサスペンス&ホラー版のコミックス2巻所収「ぼくを見ている死者」より。
「小さいころ ぼくは」というセリフに続けて。
漫画の場合、同じセリフを述べていても、吹き出しの位置や割り方、
ト書きとの連携などで読み手の印象ががらっと変わるんだけど、
この4ページだけでも、作者の川口まどかの非凡な才能がうかがえると思う。
「おい そっちへ行ったらおまえは死ぬぜ」ではなく、
「おい」「そっちへ行ったら」「おまえは死ぬぜ」という“溜め”。
ゆっくり言い含めるように配置された
「転んで」「気を失って」「こんな水たまりで死んじまうぜ」。
吹き出しによる笑い声と「恐ろしい」という心の声を繰り返し並行させるセンス。
どれもが先に述べた“静かな恐怖”の演出に一役買っている。
恐い場面がしっかりと、だけどうるさくならないようにセリフを扱っているんですよ。
だから、まるでサイレント映画のような静けさを感じる。
この“静かな恐怖”という点において、川口まどかは漫画界屈指の描き手だと思う。
かように生死の問題と人間ドラマ、そして良質なホラーを融合させた本作。
新しいホラー漫画を探している人や、変わった人間ドラマを求めている人におススメ。
ぶっちゃけ『シックス・センス』にだって負けないと思います。
えー、なお現在は文庫版のほうが入手しやすいです。
シリーズ続編に『死と彼女とぼく ゆかり』と『死と彼女とぼく めぐる』もあり。
ちなみにドラマCDも出ているんだけど、
優作くんの担当声優が子安武人。笑わずに聴ける自信がないなー。