ヒストリー・オブ・バイオレンス

 いわゆる非ヒーロー系の海外コミックで、読みやすく、かつ1冊でまとまっているもの、
と問われたら、俺はこれを挙げます、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』。
映画化(未見です)もされたサスペンス・ミステリーの傑作。

まずは物語のあらすじをば。

アメリカのとある小さな町で食堂を営んでいたトム。
どこにでもいる善良な男と思われていた彼だが、ある日、銃を持った強盗が彼の店を襲う。
しかしトムは驚くべき身のこなしで強盗を撃退、一躍全米のヒーローとして有名人に。
同時に、怪しい男たちがトムとその家族につきまとうようになる。
どうやらトムの過去にその原因があるようなのだが……。

原作を手がけたジョン・ワグナー(ジャッジ・ドレッドの原作者)の前書きによれば、
編集者から依頼されて本作を書き上げたとのこと。

冒頭にあるように、本作はヒーローものではなく、
現実的な世界で、現実的な男が遭遇する、現実的な物語。
しかも、順を追って進行するようなドラマではなく、
平穏な日常が突然(過去に原因はあるにせよ)崩壊するような物語です。
過去に残してきた亡霊が突然に目を覚まし、
“現在”を暴力の嵐でめちゃくちゃにするような、そんな恐怖。

いささかネタバレをするのなら、
トムにはかつてマフィアの恨みを買うような過去があり、
妻や子供たちにさえ偽名を使って、偽りの人生を暮らしてきていた。
偽りといえども、その平穏な幸せは本物であり、トムとしては決して手放したくない。
しかし追い払っても追い払っても、過去の亡霊が自分と家族を苦しめる。

ではどうするか? 過去から逃げおおせるか、それとも戦うのか?
そういったトムの苦しみと悔恨の念が、淡々と、しかし丁寧に描写されており、
いわゆる海外コミックにありがちな置いてけぼり感がほとんどありません。

コマ割りや1コマ1コマのカットについても、
ほとんど日本漫画と同じ感覚で読み進められるので、海外コミック初心者にも最適。
つっても、少年漫画のようなドラマティックかつ“親切”な状況説明はないので、
登場人物の会話内容や人間関係をしっかり把握しながら読む必要はあるけど。

絵柄はモノクロオンリー、トーンも使わず、ほぼペンの描線だけで陰影をつけてます。
淡白でありながらザラッとした独特の質感が、
冷淡かつ“どうしようもないほど現実的”なストーリーにマッチしていてグッド。

アーティストのヴィンス・ロックは、
アメリカのデス・メタルバンド、カニバル・コープスのジャケ絵を手がけているそうだけど、
とてもそうは思えないほど、シーンをわきまえた描き分けをしてます。
落ち着くべきところでは静かに、暴力的なシーンではバイオレンスに、
静と動のギャップを使い分けて、読み手の感情を巧みにアップダウンさせる。
物語とビジュアル面とのマッチはベストといってもいいくらいでしょう。

ヒーローも出ず、続刊もスピンオフもなく、しかし十分な読み応えを感じさせてくれる。
映画化されたんだから当然といえば当然だけど、
上質な2時間ドラマにも似た満足感が味わえます。おススメ。

ちなみに原題は「A History of Violence」、で“A”が入ります。
「暴力の歴史」ではなく、「ある暴力の系譜」ぐらいだと思っておくと、理解しやすいはず。