マネー・ボール

 「『マネー・ボール』、いわゆる金球(きんたま)」

と言って本書を推薦してきたのは俺のかつての教授ですが(実話)、
甲子園も終わったし(終わってない)、本日はマイケル・ルイスマネー・ボール』。

本書は、ある1つの疑問から始まります。
つまり、「メジャーリーグ屈指の貧乏球団であるアスレチックスが、
なぜ屈指の金持ち球団ヤンキースと対等に渡り合えるのか」。これです。

作者のマイケル・ルイスは、この疑問を解き明かすために、
アスレチックスのGM(ゼネラル・マネージャー)ビリー・ビーンに迫る。
そこで明らかになる新しい野球観、新しい戦略、新しい球団経営を
ドラマチックかつスリリング、そして論理的・挑戦的に描いたのが本書。
いろんな意味で目からウロコがボロボロっと落ちます。

えー、野球観戦ってのは面白いもので、
観る人にも「野球とはかくあるべき」みたいな価値観、野球観を植え付ける。

「野球とは投げる・打つ・走るの総合力だ」というシンプルな野球観もあれば、
「とにかく打ちまくればいいんだよ!」といった大艦巨砲主義的な野球観もある。
逆に、「バントでつないで1点ずつ取る」という野球観も。
ともかくまあ、観戦する人それぞれに、“僕が考える野球”ってのが生まれてしまう。

では、上記のビリー・ビーンにとって野球とは何か?
ビーンは野球をこのように定義づける。すなわち、
「野球とは27アウトを取られなければ絶対に負けないゲームである」

当たり前のことのように聞こえますが、これは当たり前の考えではないんです。

例えばこの考えに基づくと、次のような命題が導き出せる。

・打率よりも出塁率のほうが重要である。
・初球からいきなり振っていくようなバッターは能力に疑問がある。
送りバントにはほとんど意味がない。
・球速が遅くとも、球種が少なくとも、与四球の少ないピッチャーは重視する。
・ピッチャーの被安打率にはあまり意味がない。
・“打たせて取る”よりピッチャーより、奪三振を狙えるピッチャーを重視する。
……などなど

要するに、貧乏球団にとっては、打って得点を重ねるのではなく、
27アウト取られないようにして得点を重ねること、
そして相手から先に27アウトを奪うことのほうが、大事なのだと言うこと。

打って1塁に出るのも、フォアボールで1塁に出るのも、
結果は同じだけどその背後に秘められたものは大きく異なる。

打って進塁することの背後には、
ファインプレーで捕球されてアウトを食らう可能性を残している。
逆にフォアボールで進塁する場合、アウトを食らう可能性は絶対にない。
だからフォアボールを見極められる選球眼のいいバッターは、
そこらのスラッガーど同等かそれ以上に価値が高い。

これと逆のことがピッチャーにも言える。
与四球は絶対にアウトカウントが増えないので、これは低ければ低いほどグッド。
奪三振は、確実にアウトカウントが増えるので、多ければ多いほどグッド。

じゃあ被安打数は? 被安打ってのは、ピッチャーの能力以外にも、
野手の守備力や偶然の要素が大きくからんでくる。
例えば、何でもないゴロがエラーで安打になることもあれば、
痛烈なライナーがファインプレーでアウトになることもある。
だから、ピッチャーの能力を評価する指標としてはあまり意味がない。

とまあ、ビリー・ビーンはこんな感じで新しい野球観に基づいて戦力を補強する。
この価値観は、旧来の野球観では重視されなかったものだから、
選球眼がいい打者も、与四球が少ないピッチャーも、安い年棒で獲得できる。

獲得したのなら、あとは効率的に“運用”すればいい。
必要なのは過去のデータと、戦力の分析と、適材適所のマネジメント。
奇跡も根性も必要ない。統計上、必ず一定数は勝てる、そういうチームを作る。

野球におけるデータ分析、統計学的分析には
すでに「セイバーメトリクス」という手法が確立されており、
ビリー・ビーンもチーム運営にこのやり方でチームを勝利に導いていく。

言ってみれば本書は、“野球の現代化”についてのノンフィクションであり、
“野球の科学化”の過程を追う物語でもある。

同様のことは実はフットボール界にも起きていて、選手のどの能力に注目し、
どのように試合運びをすると最も勝てる確率が高いか、といったテーマが、
冗談ではなく本気で研究されている。(実際はもっと細分化されてる)

こーゆースポーツにおける“データ主義”を嫌う人がいるのも確かだけど、
アスレチックスのような貧乏球団には、データを駆使して
“最小の投資で最大の利益回収を図る”という戦略しかなかったわけ。
そんな苦肉の策が功を奏し、ヤンキースのような金持ち球団を対等に戦うからこそ、
読んでいて面白いし、エキサイティングだなと思う。

アメリカ本国での刊行は2002年。
10年たった現在では、アスレチックスのやり方は他球団にも波及していて、
金持ち球団も出塁率や選球眼、与四球数などを重視するようになってます。
では貧乏球団はどう対抗するのか? この解答は見つかっていないようですが、
たぶんまた新たな野球観で改革を起こす人が登場するでしょう。