もっけ

今回は、前回からの“もののけ”つながり、熊倉隆敏もっけ』です。

いわゆるひとつの妖怪漫画。

霊や“もののけ”が視える体質の姉・静流(しずる)と、
霊や“もののけ”に憑かれやすい妹・瑞生(みずき)を主人公として、
さまざまな妖怪・怪異にからんだ日々の暮らしの喜怒哀楽を描いた連絡短編。

物語全体を通じるストーリーとして、
「ちょっとした“気づき”を通じた2人が成長」というものがあるんですが、
基本的にはアッサリ日常系な作風です。

もちろん、確かに妖怪は出てくるんだけど、バトルなし、人死になし、恋愛なし。
うしおととら』がハリウッドアクション映画だとすれば、
本作は『サザエさん』レベルの日常ドラマ。それくらいの日常感。

なんだけど、読んでいていろいろ考えさせられるので知的に面白いです。

例えば、静流と瑞生の2人が、
悪意ある妖怪・怪異に対して何の特殊能力も必殺技も持っていないというのがグッド。
しょっちゅうバカにされたり、中(あ)てられたりしているし、
そうでないときは、「やり過ごし」たり、「昔からの言い伝え」なんかで対処するだけ。

そして、まだ妖怪に対して未熟な2人を導く祖父の存在。これもグッド。
姉妹の祖父は「拝み屋」、いわゆる祈祷師なんだけども、
普段は農業を営んでおり、自分の能力をひけらかすこともしない。

妖怪や霊といった「あちら側」の存在は、
基本的に「むやみに関わってはいけないもの」として2人に言い聞かせている。
たとえお祓いすることがあっても、呪文で「エイヤア!」ではなく、
「俺らは奴らと交渉する立場なんだ 拝んで離れて戴く」ものとしている。

つまるところ、本作で描かれる“人間と妖怪の距離感”は、
ものすごくデリケートで、一筋縄ではいかないものなわけです。

人間は人間、妖怪は妖怪であり、両者の間には越えがたい違いがある。
ヘタに付き合うのは怪我のもとだし、それなら最初から無視しろ。
無視できないのなら、知恵をつけろ、覚悟を決めろ。

ま、要するに「妖怪なめんな」ってことだね。

自分は、妖怪とかオカルトな話が好きだし、
『うしとら』みたいな妖怪×バトルという漫画も確かに好きですが、
なればこそ妖怪・怪異・心霊を甘く見てはいけないと考えます。

例えばだけど、嫌いな上司の陰口を言ったら、巡り巡ってその人の耳に入り、
社内で人間関係のトラブルに……なんてことがよくあるでしょう。
陰口なんかじゃなくっても、SNSの日記に書き込みしたりとか、
ちょっとした言葉の行き違いや言い間違いなんかでも、トラブルが発生する。

同じ人間同士の関係でさえテキトーに考えてたら痛い目に遭うんだから、
人間と妖怪(物の怪、心霊)とのコミュニケーションなんて、
用心に用心を重ね、最大限の畏敬の念をもって取り組むべき、であるはずだ。

そんな態度で接して初めて、対等の立場でコミュニケーションが可能になり、
分かり合えることや分かり合えないこと、
立ち入ってはいけないゾーンなどが理解できる。

そういった“こちら側とあちら側の距離感の在り方”みたいなものが、
この『もっけ』ではすごく丁寧に描かれていて、ものすごく好感がもてる。
「ああ、この作者、本当に妖怪とか怪異の類に敬意を払っているんだなあ」、
ということが、じんわり伝わってきます。

全9巻と読みやすいし、しっとりした気分にさせてくれるので、
雨の日なんかに腰をすえて読みたい佳作。おススメ。