江豆町―ブリトビラロマンSF

小田扉という漫画家に出会ったのが、だいたい10年くらい前です。以来、『団地ともお』、『マル被警察24時』、『男ロワイヤル』、『そっと好かれる』など複数の作品を読み続けておりますが、いまだにこの漫画家の全体像が見えてこない。

ギャグを描くかと思えば、じんわり感動させる家族ドラマも友情ドラマも描く。かと思えば、SFチックなショートストーリーも描くし、ぞっとするサスペンスも描く。しかも、その多くの作品が、一般的な感覚から「ズレている」。

例えば、著者のライフワーク的作品である『団地ともお』。どこにでもあるような団地を舞台とした漫画なんですけど、主人公の食卓がおかしい。焼き魚7~8匹を、丸い平皿に、放射状に並べるんだぜ。また例えば『男ロワイヤル』所収、「姉ちゃんが来た!」でのワンシーン。姉が海に投げ捨てた指輪を拾うため、妹がその海に飛び込むんだけど、脱皮でもするかのように服を脱ぎすてて、海に身を躍らせる。

もちろんこれらは一例にすぎないです。他の作品の多くにおいても、ストーリー設定やキャラの行動・セリフ、何気ない背景など、そこかしこに微妙な“ズレ”が潜んでいる。 そういう「なんか変」なセンスを特長とする小田扉ですが、彼の魅力を手軽に味わえるのが、今回の『江豆町―ブリトビラロマンSF』。独特の風習・信仰が多く残されている架空の町「江豆町(えずまち)」を舞台に繰り広げられる連作短編で、全12話(+描き下ろしエピローグ)から成ります。

タイトルにSFと冠されていますが、いわゆるサイエンス・フィクションではなく、“すこし不思議”(by藤子・F・不二雄)のほうのSF。別の世界から来た“船長”や、やぐらを囲んで月を見続けるだけの夏祭り、100年前から続く持ち回り制の新聞、まったく役に立たない地図、町を守り続ける犬など、およそSFらしい未来感・スペクタクル感は皆無です。

そうした中で、町独特の奇妙な風習を探ったり、謎の競技に熱中したり、一国の元王族と小学生とが交流を重ねたりと、話はゆるーく展開。ときにテーマらしきものや、深い洞察のようなものも描かれますが、基本的には一本芯の通ったストーリーラインやテーマは存在せず、作品の全体像はあくまで読者の想像に任されています。イイハナシダナーと感動すべきなのか、“ふーむ、なるほど”と思案すべきなのか、それさえも読者の判断にゆだねられている。  

作品全体の雰囲気としては、アメリカのSF作家、R・A・ラファティに似てる。いや、わからん。乏しい知識で適当に言ってみた。でもそこまで大きくハズレてないと思う。そもそも小田扉ラファティっぽいし。

こう書くとなんだか難解そうな漫画に思えるかもですが、基本的に大らかな雰囲気で、肩ひじ張らずにラクに読めます。この1冊が楽しく読めるのなら、ほかの小田扉作品にもハマるはず。“すこし不思議”の佳作として、作者の入門編として、おススメ。