Fables vol.1 "Legends in Exile" (翻訳その3)

※『Fables』は、おとぎ話を題材にしたファンタジーコミックです。悪の勢力によって、おとぎ話の世界“ホームランド”から追放されたさまざまなキャラクターたちが、現実世界で素性を隠しながら生活しています。キャラクターたちは自らをフェイブルズと称しています。

<チャプター2:(アン)ユージュアル・サスペクツ

<翌日>

<ウッドランド。フェイブルタウンのメンバーには、秘密の“シティホール”として知られている>

【スノウらが働くオフィスビル】

清掃員「♪カエルさんは法廷に行った 彼は正しいことをした オーホー♪」

※Frog Went A-Courtingという古い民謡。

【スノウがやってくる。無愛想に応えるスノウ】

清掃員「おはようございます、ホワイトさん。いい日ですね?」

スノウ「まったくね」

【場面転換。ソファーで横になって寝ている大きなブタに、ビグビーが話しかけている】

<ウッドランドの小さなアパート>

ビグビー「朝だ、起きろ。仕事に行かなきゃならん。お前も出ていかなきゃならんぞ」

コリン「眠いんだ、寝かせてくれビグビー。昨日は遅くに帰ってきたからな」

ビグビー「農場(ファーム)行きのトラックは、1時間以内に出発するぞ。お前もそれに乗るんだ。俺のソファーを壊したいんだろうが、もうこの街で隠れ続けることはできん」

コリン「なんでだよ。お前はまだ俺の家を壊した借りがあるだろ?」

ビグビー「昔の話だ。それに俺がやったのは、麦わらの束を少々まき散らしただけだ」

コリン「俺を晩飯にしようとしたあとでな。細かいディティールを忘れるんじゃない」

ビグビー「だから? それがどうして『ファームから逃げ出したお前を、俺はいつでも泊めてやらなきゃならない』になるんだ?」

【コリンはライターを器用に使ってタバコに火をつける】

コリン「俺がお前の部屋に泊まることは、お前自身の償いの象徴なんだよ。お前の敵でもある丸々太ったブタさんが、お前のアパートで寝泊まりしてるなんて知ったら、誰もお前の改心を疑わないだろ? それに俺はファームが嫌いなんだ、ビッグス。俺は都会のブタだし、この街の一員なんだ」

ビグビー「それでもなんでも、今度ファームから逃げできたら、俺が正式に追い返すからな。俺に蹴り出される前に朝メシでも食うか?」

コリン「何がある?」

ビグビー「ハム&エッグ」

コリン「前言撤回。そんなもの食うなんて、今でもお前はまったくもってモンスターだ」

【場面転換。ベッドで寝ているモリー。その横でプリンス・チャーミングは出かける支度をしている】

<マンハッタンのミッドタウン>

<前回登場したモリー・グリーンバウムのアパート>

プリンス「♪ダブリンの美しい街 かわいい娘が住む♪ ♪初めて会ったモリー・マローン♪」

※Molly Maloneという古い民謡。

【プリンスはメモを置いて行く】

<可愛いモリーへ 君が寝ている間に、港湾当局の手荷物検査所まで荷物を取り返しにひとっ走りしてくるよ。下の階のドライ・クリーニングにスーツを入れてある。いい子だから、今日の午後、仕事に行く前に受け取っておいてくれ。それと、もし時間があれば僕の洗濯ものを洗っておいてくれないか。スーツケースの中にいくつかある。服についている洗濯タグの通りに注意して洗ってくれよな。勝手ながらアパートのスペアキーとお金を少々拝借させてもらったよ。君を起こしてしまいたくなかったし、君がこのことを気にするかどうか知るのは気が引けたからね。君が迷惑でないのなら、しばらくの間、君と一緒にこの部屋に滞在させてもらいたい。また夜に! 君のハンサムな王子様>

【場面転換。噴水のある落ち着いた庭園でビグビーがベンチに腰掛けている】

<1時間後、ウッドランドガーデン>

スノウ「ここにいると思った」

ビグビー「考え事をするときはここに来るんだ。1人でいるには最適なんでな」

スノウ「時間を取らせたくないんだけど、私たちの捜査状況についていくつか質問があるの。ジャックは本当にローズを殺したの?」

ビグビー「おそらく違う。だがいくつかのことを確認する間、彼を拘留しておく必要があった。だから彼には1~2日は公式的には“犯人”になってもらう。それと正しくは我々の捜査じゃない。俺の捜査だ」

スノウ「で、何が分かったの?」

ビグビー「多くは語れないが、あの血は君の妹のものだった」

スノウ「どうやって確かめたのよ」

ビグビー「この鼻を見くびるなよ。君が望むなら研究所で確かめることもできるが、あれがローズの血でない可能性はゼロだ」

スノウ「じゃあローズは事件の被害者だっていうの?」

ビグビー「そう思える」

スノウ「ジャックじゃないなら、誰が容疑者だというの? ローズは“こっち側”の人たちをパーティーに呼んでいたのよ。彼らのひとりが…?」

【ビグビー、現場に残されていた『不幸せにすごしましたとさ』という血文字を思い出しながら言う】

ビグビー「“こっち側”のやつらはあんな特異なメッセージを壁に残すようなことしないだろう。ローズが自分をフェイブルズだと明かしでもしないかぎりな。彼女のような協調性のない人間でも、そのルールを破ったとは思えない」

ビグビー「やったのが誰であれ、俺たちのうちの1人だろう。つまり犯人はフェイブルズだ」

スノウ「私の考えでは、やったのはジャックよ」

ビグビー「俺だってジャックを怪しいと思いたいところだ。ホームランドから追放されて以来、あいつは年がら年中、金魚のふんみたいに付いてきていたからな。だが、今は物証をたどる以外に選択肢はない。無論、ジャックに質問しちゃいけないってことでもないが」

スノウ「彼を尋問しに行くのならついて行くわ」

ビグビー「そう言うと思ったよ。俺の捜査のあらゆる面で首を突っ込むつもりなのか? 地下政府の仕事もあるんだろ?」

スノウ「ローズは私の妹なのよ」

ビグビー「今のところ何年も会っていないんだろ。君たち姉妹の間にある愛情はささいなものだ」

【スノウ、怒って言う】

スノウ「そう思うのなら、私も容疑者リストに加えたら?」

ウルフ「もう加えてあるよ」

スノウ「ジョークのつもり!?」

ビグビー「いいえ、お嬢様。俺にはユーモアのセンスがあったためしがない。君さえよければ、そこらで尋問することもできるんだが?」

スノウ「今は無理ね。元旦那から、朝食後にダイナーで会おうって呼びだされてるのよ。もう行くわ」

ビグビー「たかられないようにな」

【場面転換。石造りの大きな部屋で、2人の人物がフェンシングの練習をしている。1人は金髪の美女。もう1人はヒゲを蓄えたスキンヘッドの眼鏡の男性】

<別の場所で…>

ヒゲの男性「前に出たいのなら本気で来い。舞踏会のワルツもガラスの靴も戻ってこない。ある程度の優雅さは大事かもしれんが、デリカシーなんぞここでは何の役にも立たないぞ、プリンセス」

シンデレラ「青髭さん、私をお姫様と呼んでもいいけど、そういうトーンで呼ぶのはやめてくださる。“クソのサンドイッチ”と同意語であるかのように呼びなさい」

青髭「いつからそんな口汚くなったんだ? ホームランドでもそうやってしゃべっていたのか?」

青髭「それが王子様と別れた理由なんじゃないか?」

シンデレラ「そうかもね」

青髭「いい突きだ。が、目標からズレているぞ」

シンデレラ「あなたを串刺しする危険を冒したくないの」

青髭「そうだと言うなら、お前は私の時間を無駄にしているな。フェイブルタウンでは本物の剣を使う。我々が本物の戦いのために訓練しているからだ。お前の夫は優れた剣の使い手だった。別れる前に、彼が剣術をお前に伝えなかったというのは驚きだよ。ガードポジションにつけ、プリンセス。私が攻撃する番だ」

シンデレラ「わざとそうやってがさつに振る舞っているの? それがあなたの教習スタイルの隠された一面ってわけ?」

青髭「そうかもな。お前の元旦那のプリンス・チャーミングが帰ってきていることは知っていたか?」

※プリンス・チャーミングはおとぎ話に共通する王子様像を体現したキャラクター。そのため白雪姫、シンデレラなど複数のお姫様の旦那でもある。

シンデレラ「情報が古いわね。今まさに彼が第一夫人にたかろうとしているところよ。みんな知ってるわ。ホントのニュースはローズ・レッドの身に起きたことでしょ、知らないの?」

青髭「なんのことだ?」

シンデレラ「死んだのよ、クリスマスの七面鳥みたいに切り分けられてね。うわさじゃキモい彼氏の仕業らしいわ」

青髭「ジャックのことか?」

シンデレラ「そのとおりよ。捕まったときは、細切れになったローズの死体の周りで全裸になって踊っていたって聞いたけど……何を…!?」

青髭、シンデレラの肩に切りつける。傷は浅い】

シンデレラ「血が出てるじゃないの、クソッたれ! 何するのよ!」

青髭「お前が注意を払わなかったからだ。これは深刻な問題だぞ。次のレッスンまでによく考えておけ!」

<場面転換。街の『エッグマン』というダイナー。スノウとプリンスが軽食を取りながら、向かい合って話している>

プリンス「こんなに早く来てくれるなんてうれしいよ」

スノウ「断じて会いたかったわけじゃないわ。どうやって欧州の社交界へ逃げ帰るつてを断ったのか、知りたかっただけ。それとこの数日、誰のすねをかじっているのかもね」

プリンス「何年たっても君の毒舌は衰えていない。こころよいものだね」

スノウ「なんで欲しい物を言わないの? 言わないのなら私、仕事に戻ってもいいのよ。あなたと違って、私には責任ってものがあるんだから」

プリンス「そうだね、君がこのあたりの事業全体を管理していると聞いている。これこそ、君に話しておきたいことなんだよ」

スノウ「無理ね。あなたのトラブル解決のためにオフィスを使うつもりはないし、純真なフェイブルズの誰かから財産をだまし取ることを手助けするつもりもないわ」

プリンス「その必要はないよ。誰もだますことなく、失った財産を取り戻す方法を見つけたから」

スノウ「話して」

プリンス「貴族の称号や土地、邸宅を含む公国のすべてを競売にかけることに決めたんだ。全部一括してネットのオークションサイトにアップするつもりだよ。君にやってほしいのは、そのことをフェイブルズのコミュニティーの間で広めてもらうことだ。無論、特に富裕層を中心にね」

スノウ「気でもふれたの、坊っちゃん。敵の支配下にある土地や、“こっち側”の世界でなんの権威もない貴族の称号に、いったい誰がお金を払うのよ」

【窓の外ではブタのコリンを荷台に乗せたトラックが走っている】

プリンス「そこが僕の計画の優れたところだよ、スノウ。もう2週間ほどすれば例年の記念集会があるだろう。毎年その日はフェイブルズの誰もがホームランドに思いをはせる。それに、我々がいつかホームランドを取り戻すチャンスがあるかもしれないと、そう信じ始める日でもある」

プリンス「もし素早く行動できれば、誰かが競り落としてくれるかもしれない。僕らが再びホームランドに戻れる、わずかな見込みも生まれるかもしれない」

スノウ「可能性はあるかもね。けど、どうして私があなたに協力すると思うわけ? 離婚した理由を覚えてないの? あなたは私の妹と寝たのよ」

【回想シーン。ローズとプリンスが同衾しているところを、スノウが目撃している】

<プリンス「あの赤毛の“ヤマネコ”が誘ったんだよ」>

スノウ「もう行くわ、キレて叫ぶ前にね。私のことは放っておいて。あなたを起こしてくれた“こっち側”の人間のベッドに戻りなさい。ところで当の“ヤマネコ”は恐ろしい状況下で行方不明よ。あなたも容疑者リストに入っているかもしれないし──ビグビーはそのことであなたに尋問したいはずよ」

【場面転換。オフィスの地下牢らしき部屋で、ビグビーとスノウがジャックに尋問している】

ビグビー「長引かせないほうがいいぞ、ジャック」

ジャック「好きなだけ時間をかけてくれ。ローズに起きたことを解明できるのなら、何だってする。俺が彼女を傷つけたりしないってことを信じてほしい」

ジャック「すごく心配なんだよ。ああクソ、あんなにたくさんの血が…彼女はもう…」

ビグビー「そう考えるのはまだ早いぞ。比較的少量の血でも、薄く広がれば遠くまで飛び散ることはある。法医学的な検証抜きには、ローズの血がどれくらい部屋に飛散したのかを確かめることはできない」

ビグビー「すでに検証の手配はしてあるが、結果が出るまで、我々は生きている女性を探していると想定するべきだ」

ジャック「オーケー。何とでも言ってくれ、あんたは保安官だ」

ビグビー「ローズと恋愛関係になってどれくらいだ?」

ジャック「ほぼ4年だ」

ビグビー「4年間途切れずに、ではないだろう」

ジャック「どういう意味だい?」

【回想シーン。ローズとジャックが通りで言い争っている】

<ビグビー「ちょうど1年前、お前とローズは大っぴらにケンカしたな。言い合いと叫び声が響きわたるくらいに。俺が仲裁に入らなければいけないほどの言い争いだった」

【回想シーン。パーティーの席上で、ローズは別の男性と腕を組んでいる】

<ビグビー「実際、去年の記念集会のとき、彼女は別の誰かと参加していたな。覚えているぞ。あれは誰だったんだ?」

<ジャック「青髭だよ。彼女は俺を嫉妬させるために、あいつとデートしたんだ」>