Lady Killer #1
※『Lady Killer』は殺し屋兼主婦のジョシー(ジョセフィン)を主人公にしたアメリカンコミックスです。周囲に殺し屋の顔を隠しながら、良き妻・良き母として毎日の生活を送るジョシーの姿が描かれます。
【水色の制服を着たセールスレディが、客の家のドアをノックしている。ドアが開けられ、中からは小型犬を抱えた中年婦人が顔を出す】
セールスレディ「エイボン化粧品です」
【すぐに玄関先に足を踏み入れるセールスレディ】
セールスレディ「ごきげんいかがですか。アンダーソンと申します。エイボンの春の新作コスメをご紹介したくうかがいました」
婦人「どうも…。フランチ、おやめ!」
【婦人の足元には、ほかにも数匹の小型犬が駆け回っている。気にせず家の中にあがるセールスレディ】
セールスレディ「きっと後悔はさせません。最近のコスメでは、エイボンがいちばんですからね。こざっぱりした良い部屋ですわ、ローマンさん。ローマンさんでよろしいですよね? 以前、われわれのところで化粧品をお買いになられた」
ドリス「ドリスって呼んで。おたくからは以前、クズみたいな口紅を1本買っただけよ。それなのに私の生活の邪魔をするわけ?」
セールスレディ「ローマンさん、最後にお化粧をされたのはいつです? ぜひ今季の新色をお見せしたいですわ。どんなシーンにも使えるチークもございますよ」
ドリス「ねえ、ホントに必要ないんだけど……」
【意に介せずトークを続けるセールスレディ。持ってきたカバンのなかから、口紅と香水を取り出す】
セールスレディ「例えばこのコーラルレッドのリップ。これなんかお客様の顔色にぴったりです。こちらの香水は殿方をワイルドにさせますよ」
【香水のスプレーをドリスの顔の前で吹きかけるセールスレディ】
セールスレディ「すてきじゃありませんこと? ジャングルガーデニアというんです。エキゾチックな香りですわ」
【香水の香りでせきこむドリス。そのすきを狙って、セールスレディは彼女が持っていたコーヒーに小さな錠剤を入れる】
セールスレディ「ああ、申し訳ありません。こちらをお飲みになって……」
【知らずに錠剤入りのコーヒーを飲もうとするドリス。しかし、犬たちが急に彼女のひざに飛びあがり、コーヒーはこぼれてしまう】
ドリス「クッソ、このバカ犬!」
【ドリスは台所に行って、こぼれたコーヒーの片づけをする洗剤を探す。その背後から、セールスレディが声をかける】
セールスレディ「本当に申し訳ございませんでした、ロマノフさん」
ドリス「ドリスって……いま何て言った?」
【ドリスが顔を上げると、セールスレディはその手に金づちを持っていた】
セールスレディ「ロマノフ、が本名よね? 誰が、どうしてあなたに死んでほしいかは知らない。私が知ってるのは、そいつらが私にカネを払ったことと、そいつらがカネを払うだけの理由があったってこと」
【いそいで包丁を手にしようとするドリス。しかしその手は、セールスレディが振るったハンマーで叩きはらわれた。セールスレディは背後からドリスの首を絞め、床に転がった包丁に手を伸ばす。そしてドリスの胸に刃を突きたてた。盛大に血が飛び散る。セールスレディのスカートにも、少し血がついてしまう】
セールスレディ「あーあ、ちぇっ」
【場面転換。先ほどのセールスレディが、自宅で食事の準備をしている。キッチンでは双子の女の子が先住民の格好をして遊んでいる】
セールスレディ「2人とも、机の上は片付けてくれないかしら。お父さんがもうすぐ帰ってくるわよ。お母さんの言うこと聞いてくれる……」
【と、そのとき父親が帰ってくる】
双子の少女たち「パパー!」
【子どもたちをあやしながら、妻に帰宅のキスをする夫】
夫「ただいま、ダーリン。忙しかったかい?」
セールスレディ「そうね、普通よ」
少女「パパ、スカッシュよ!」
セールスレディ「スクワウでしょ」
※スクワウ(Squaw)は北米先住民の女性のこと。
【そのやりとりを見ていた老女が、なにやら声をあげている】
夫「母さん、英語を話してくれよ。ジョシーはドイツ語はわからないんだ、知ってるだろ」
義母「あの子は肉屋から帰ってくるのも遅かったし、まだ夕食の準備もしていないじゃないか」
ジョシー「ごめんなさい、お義母さん。ちょっと買い物に行ったら、そこで偶然友だちにあったものですから。夕食はすぐにできます」
夫「ね? もうすぐできるってさ」
【憮然とした表情でため息をつく義母。電話のベルが鳴る】
ジョシー「はい、シュラーです」
電話の声「ジョシーか? ペックだ。次の仕事があるんだが、家にいるか?」
夫「誰だい?」
ジョシー「ごめんなさい、もう生命保険のお話は間にあってます」
電話口のペック「話をそらすなよ、ジョシー」
ジョシー「ごめんなさい、今は夕食の時間ですから。セールスにつきあっている時間はないんです」
電話口のペック「なら23時に鉄工所で会おう。それならいいだろ?」
ジョシー「失礼ですが、もう切らないと」
【電話を切り、少しだけ沈黙するジョシー】
ジョシー「ご飯よ!」
【夕食を終え、居間でテレビを見ながらくつろぐジョシーとその夫、義母。そのとき、玄関からノックの音が聞こえてくる】
夫「見て来てくれないか?」
【ジョシーがドアを開けると、黒いスーツに身を包んだ精悍な顔つきの男性が立っていた。手にはパイプレンチを持っている】
ペック「こんばんは。下水道修理にうかがいました」
ジョシー「何しに来たのよ?」
【家の外に出て、玄関先で話すジョシーとペック】
ペック「約束をすっぽかされるような気がしたんでね」
ジョシー「夫がいるのよ!」
ペック「知ってるよ、だから変装してきたんじゃないか」
ジョシー「何の変装?」
ペック「配管工。パイプの水漏れはありませんか?」
ジョシー「すてきね」
【家の中から夫の声が聞こえてくる】
夫「ジョシー、誰だい?」
ジョシー「お隣のマージよ。明日、パン屋でセールがあるんですって」
夫「ああ、こんばんは、マージ!」
ペック「こんばんは!」
ジョシー「やめて! ちょっとマージとそこまで出るわ。すぐに戻ってくる」
【玄関先から駐車場のほうへ移動する2人】
ジョシー「家に来られると面倒なんだけど、ペック」
ペック「仕事があるんだよ、ジョシー。やる? やらない?」
ジョシー「詳しく話して」
【玄関先から離れた2人の様子を、窓から義母がその様子をうかがっている。ジョシーはそれには気づかず、ペックと話を進める】
ジョシー「キティ・キャット・クラブ?」
ペック「聞いたことはあるか?」
ジョシー「ダウンタウンにある変態ご用達のバーでしょ。ウェイトレスが水着で歩き回ってるっていう」
ペック「その通り。標的はクラブのVIPだ。普通、こういった要人暗殺の仕事はきみには回さないんだが、こいつはボディーガード付きなんだ。大勢な。俺の手駒じゃ、誰も標的に近づけない。標的がひとりになるのは便器に座るときか、女に乗るときかだけだ」
【真顔で見つめ返すジョシー】
ペック「すまんね、きみがデリケートなのを忘れてたよ。とにかく、きみはほかのスパイにはないものを持ってる」
ジョシー「それは?」
ペック「おっぱい。おっと、ちょっとしたジョークだよ」
ジョシー「下品なこと言うのはやめて」
ペック「わかった、すまん。マリア様に誓うさ」
ジョシー「あなたと話すのは疲れるわね」
【ジョシーに封筒を手渡すペック】
ペック「必要な情報は全部ここにある。がっかりさせないでくれよ、ジョシー」
ジョシー「させたことがあったかしら?」
【場面転換。キティ・キャット・クラブ。ネコ耳としっぽ付きハイレグ衣装を着けたジョシーがドリンクを配り回っているところで第2話へ続く】