※『Fables』は、おとぎ話を題材にしたアメコミです。悪の勢力によって、おとぎ話の世界“ホームランド”から追放されたさまざまなキャラクターたちが、現実世界で素性を隠しながら生活しています。キャラクターたちは自らをフェイブルズと称しています。
<チャプター8:イン・ライク・ア・ライオン、アウト・オン・ザ・ラム>
※章タイトルの「In like a lion, out on the lamb」は、寒さを残して始まり、最後には暖かくなるという三月の気候を表した比喩。
【ビグビーが到着する少し前。浮遊するベッドに乗ったニセ赤ずきんが、ウッドランド・ビルの門前の上空から地上を見下ろしている。眼下に広がるのは、燃え盛ってもなお動き続ける黒服たちの姿。そのとき、彼女の頭の中に声が聞こえてくる】
声「おお、赤ずきん。ここまでおいで。来たらよくないことがある」
ニセ赤ずきん「あら、頭の中に話しかけてくるのは誰?」
声「屋上までおいで、空まで登ってきなさい。私に会いにおいで、死ににおいで」
ニセ赤ずきん「このヘタクソな詩の主は誰なの?」
【ニセ赤ずきんは空飛ぶベッドを上昇させ、ウッドランド・ビルの屋上にあるペントハウスまでやって来る。そこには、椅子に腰かけて編み物をしている魔女フラウ・トーテンキンダーの姿があった】
ニセ赤ずきん「あなた、見覚えがあるわ。ジンジャーブレッドハウスの魔女ね」
【ジンジャーブレッドは、欧米で作られるショウガ入りのパンやクッキーのこと。童話『ヘンゼルとグレーテル』の老魔女は、このジンジャーブレッドでできた家に住んで子供たちをおびき寄せていたとされている】
フラウ「私もアンタを知ってるよ。その借り物の姿じゃなくて、本物のアンタをね。ファームにある魔法の小屋が暴れ出した時、アンタの正体に気付いたのさ、バーバ・ヤガー」
バーバ・ヤガー「あの小屋を起こす気はなかったのよ。あれがこっち側の世界にあることすら知らなかったんだから。小屋が勝手に私の魔力に反応しただけだわ」
【バーバ・ヤガーはスラヴ民話に登場する老いた魔女。ニワトリの脚がついた小屋に住み、子供らを誘拐して食ってしまうとされている】
フラウ「いい加減なことを言うね」
バーバ・ヤガー「あんたのさっきの詩はクソつまんなかったわよ」
フラウ「そりゃ不本意だ。わたしゃいつも明快な言葉を使ってメッセージを届けるんだけど、呪文の不具合で、いつの間にか詩句が書き換えられちまうんだよ」
バーバ・ヤガー「いい加減なことを!」
フラウ「一本取られたね」
バーバ・ヤガー「で、なんで私を呼びつけたの。こっちは地上で戦わなきゃいけないんだけど」
フラウ「いいや、あんたはここで私と戦うのさ」
バーバ・ヤガー「ふざけないで…」
【そう言いかけた時、暴風があたりを吹き抜ける。空飛ぶベッドごと吹き飛ばされそうになるバーバ・ヤガー】
バーバ・ヤガー「今のは!?」
フラウ「ビグビー・ウルフがやって来たのさ。あんたの戦いは、北風の子によって消されちまったよ。それと、燃え盛る火を消すための雨も降りだした」
【フラウがそう言うと、大粒の雨が降り始める。13階の魔術師・魔女たちによる降雨の呪文が効果を表し始めた】
バーバ・ヤガー「こけおどしを! あんたの命の残り時間はわずかだ、フラウ・トーテンキンダー。本気で私と戦うつもり? あんたじゃ私の相手にもならない」
フラウ「ここがホームランドで、大昔の話だったら、あるいはそうかもしれない。だけどこの場所じゃアンタはよそ者だ。この場所にはね、あらゆる可能性が私に対して有利に働くように何世紀も呪文をかけてきたんだ。あんたは私の手のひらの上なんだよ、バカ女」
バーバ・ヤガー「いいわ、なら始めましょ。おしゃべりは飽きたわ」
【場面転換。地上では、駆け付けたビグビー・ウルフが木製人形の兵隊たちを一掃したところだった。ウッドランド・ビルの司令室からその様子を見ていたスノウが快哉を上げる】
スノウ「ビグビー! やってくれたわね!」
【戦場でも、人々が口々にビグビーの到着を喜ぶ】
コール老王「神の恵みだ! まさに時間どおりの到着だな」
プリンス「認めたくはないが、君が来てくれてこんなに嬉しく思ったことはないぞ、老犬よ」
ビグビー「お世辞はあとだ。やるべきことはまだ残っている。人員を3チームに分けよう。第1チームは建物内で燃えている火災の消火に当たってくれ。雨もそこまではとどかない」
プリンス「よし、それは俺がやろう。消化チーム、私に続け!」
ビグビー「第2チームは負傷者を集めて、ビル内に運搬するんだ」
【ビグビーが指揮を出す間、スノウはビルの階段を降りて彼の元へと走る。杖を持ってそのあとを追いかけるフライキャッチャー】
ビグビー「第3チームは木製人形どもの調査。一体ずつ注意して調べろ。生死を関わらず、やつらの頭部を切り落とすんだ」
グリンブル「俺たちがやろう。首を集めてるんでね」
ビグビー「頭部はビジネスオフィスの、どこかの部屋に保管しておくんだ。胴体部分の保管場所からは離れたところだぞ」
スノウ「ビグビー!」
【走ってきたスノウが、ビグビーの首に抱きつく】
ビグビー「スノウ」
スノウ「分かってたわ、私たちを助けてくれるって。あなたはいつもそうだもの。いつも私を救い出してくれる」
ビグビー「俺も君に会えて嬉しいが、今は豪雨で、しかも君は妊娠している。子供のことを考えれば、建物の中にいるべきだぞ。フライ、彼女を中へ」
【フライキャッチャーに付き添われて、ビルの中へと戻るスノウ。普段の冷静さからは想像もつかない彼女の大胆な行動に、人々は驚く】
ローズ「わーお、今の見た? 姉さんがまるで動物のように…」
ビグビー「さあみんな、仕事に戻るんだ。戦闘は終わったかもしれないが、戦いはまだ続いているぞ」
ローズ「誰があんなの予想できたかしら」
<夜明けまで2時間。長い夜が続いていた>
【負傷者を搬送するコール老王とフライキャッチャー。その時、ひときわ大きな雷鳴が鳴り響く】
コール老王「今のを見たか、フライキャッチャー」
フライ「落雷ですね。かなり近い。たぶんビルの屋根に落ちたと思います。調べるべきでしょうか」
【2人はエレベーターに乗って最上階までやって来た】
コール老王「ここでエレベーターを待機させておくんだ。私が調べてくる」
フライ「お気をつけて、市長」
【コール老王は棒切れを手にしてエレベーターから降り、窓際へと向かう】
コール老王「何だあれは? 何かが外に…?」
【そうつぶやくコール老王のメガネには、何か巨大な異形の魔物の姿が映る。すぐにエレベーターへと引き返す老王】
コール老王「フライ! 下に降りるんだ、今すぐ! 早く!」
フライ「何か見たんですか?」
コール老王「何か? 何も! 何も見ておらん。夜が明けるまでは誰もペントハウスに上がらせるな。これは命令だぞ!」
【フラウとバーバ・ヤガーの戦いはすでに終わっていた。ペントハウスのプールサイドには、ボロ布のようにズタズタになったバーバ・ヤガーの体が転がっている。体中あざだらけで、左目はえぐり取られ、足も大きく損傷している。息も絶え絶えに話すバーバ・ヤガー】
バーバ・ヤガー「な、何を…」
フラウ「何だって? 声が小さくて聴こえないよ」
バーバ・ヤガー「何をしやがった…」
フラウ「さっき言っただろ。この場所では、あたしゃアンタより強くなれるんだ。まあいま考えてみれば、どの場所でもあんたよりは強かったと思うけど、こういう決着は最後に片付けるほうがいいだろ?」
バーバ・ヤガー「けど、いつも私のほうが…」
フラウ「ああ、わかってるよ。自分のほうがたくさんの物語に登場していて、みんなに怖がられて、より名前を知られているはずだって言いたいんだろ。けど私に言わせりゃ、人気とパワーがイコールだと考えるのはナンセンスだね。人気と本人のパワーに関して、きちんとテストされたことはない。私は、物語世界の外に身を置いているけど、匿名でいることのほうが良いね。みんなが知ってるあの物語でも、私は名前を知られなかった。どのような“森の魔女”でもあり得たんだよ」
【「みんなが知ってるあの物語」とは童話「ヘンゼルとグレーテル」のことと思われる。人々によく知られているフェイブルズや、人気があるフェイブルズほど強力なパワーを得るらしいが、フラウはあえて名を伏せ、さまざまな童話の「森の魔女」の象徴として人々の知られることを選んだと思われる】
フラウ「まあ、要するに私はいつでもアンタより強かったわけだ。何度も殺せたし、オーブンで焼き殺すこともできた。気分はどうだい、愚かでちっぽけなヒヨコちゃん。もう黙って編み物をさせておくれ。あがくのはやめて、暗い眠りに落ちるんだ。お前の物語は終わりだよ、バーバ・ヤガー」
Fables Vol. 4: March of the Wooden Soldiers
- 作者: Bill Willingham,Mark Buckingham
- 出版社/メーカー: Vertigo
- 発売日: 2004/11/01
- メディア: ペーパーバック
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