尊敬している文筆家、3人いまして、
先だって紹介した『覇者の驕り』のデイヴィッド・ハルバースタム、
『敵は海賊・海賊版』は『敵は海賊』シリーズの記念すべき1作目。
広域宇宙警察監査機構・対宇宙海賊課、通称「海賊課」の刑事達と
伝説級の宇宙海賊が繰り広げるドタバタでエンターテインメントなSF小説です。
ドタバタというからスラップスティックな作風をイメージするかもしれませんが、
それ以上にトンデモない展開、読者の認識の裏をかくようなテキストが多く、
火浦功が評した「メタバタ=メタフィジカル+ドタバタ」という表現がまさに、です。
例えば、本作はシリーズ1作目ですが、まさかの平行世界モノ。
おまけに、この小説自体を書いているのが「著述支援用人工知能」という位置付け。
文中で光と闇の王が話し合っているかと思ったら、
地の文が、つまりこの著述支援用人工知能が、
「ばかばかしい。闇と光の王だって?」と発言したりする。メタメタですね。
ただ、やっぱり『敵は海賊』シリーズの一番の魅力は、
人間味あふれるキャラクターたち。
メインの登場人物は2人と1匹と1艦。
使命感と正義感にあふれ、しかも射撃の腕は超一級。
そのくせ海賊退治のためなら手段を選ばない非情さも備えた海賊課刑事ラテル。
ラテルの相棒刑事で、悪魔的な戦闘能力と
相手の魂さえ食らうほどの食い意地が自慢の猫型宇宙人アプロ
ラテルとアプロのフォロー役で気苦労が絶えない、
最高の人工知能を有する対コンピュータフリゲート艦のラジェンドラ。
そして、束縛を嫌い、自分を支配しようとするあらゆる存在を打ち砕き、
結果、他を圧倒するパワーを手にした伝説的宇宙海賊・ヨウメイ(?冥)。
この彼らが実にいきいきと戦い、笑い、怒り、しゃべる。
歯切れのいい文体とあいまって、読んでいて非常に気持ちがいい。
戦闘シーンは目まぐるしくスピーディーだし、
会話シーンは法廷モノ映画のワンシーンのようにテンポよくすすむ。
心理描写なんてなくてもよかったんや。
早すぎてついて行けない? まずはその“おいてけぼり感”を楽しむ。
その後、2回・3回と読めばついていけるから。
キャラクターたちのカッコよさもグッド。
特にヨウメイというキャラクターの特異性が素晴らしい。
良心を身体から“分離”するほど純粋な邪悪さ、
ブラックホール化するんじゃないかと思うほど強大な精神的質量、
「自分を支配するやつは神であろうと許さない」という、そのタフネス。
主人公はラテルら海賊課の面々ですが、ヨウメイも実質的にもう1人の主人公。
いやホント、似たようなキャラ、他に思いつかないです。
神林長平の作品は、緻密かつオリジナルなSF観を構築しつつ、
その中で「世界とは何か」、「ことばとは何か」、
「我とは何か」といった形而上学的な問いを散りばめるのが主な特徴なんですが、
本作、および本シリーズはそういった作品群のなかでも比較的読みやすい1冊。
初めて神林長平に触れる方におススメ。5つ星。