死びとの恋わずらい

伊藤潤二の魅力は、常人には理解の外にある奇抜すぎる設定と、どうしようもない理不尽さにあると思います。 例えば『なめくじ少女』では、少女の舌がなめくじになることになんの説明もないし、『首吊り気球』では、何の理由もなく登場人物らがバケモノに襲われる。因果関係や説明可能性なんかは華麗に全スルー。

まずビジュアルおよび設定として見せたいモノがあって、それからストーリーを作っているんじゃないかと思わせる。だから物語が投げっぱなしで終わることもあるし、気絶オチも少なくない。それはそれでいい。面白いからね。

そんな伊藤潤二の作品にあって、珍しいほどストーリーの整合性がとれており、なおかつ語られるエピソードに因果関係がある作品、それが、はい、『死びとの恋わずらい』です。

物語のキーとなるのは、辻占(つじうら)。これは、夕暮れ時などに辻(道、路地)に立ち、通りかかった人に悩みや心配事などを占ってもらうという占い。これはれっきとした占いの一種で、万葉集などにも登場していたそうな。※参考 Wikipedia 「辻占」

さて、あらすじはこんな感じ。 かつて、辻占が風物詩として残されている町に住んでいた主人公。彼は幼少期に、辻占に立つ女性から不倫の恋の行く末を相談される。しかしイライラしていた幼き主人公は、彼女に心ない言葉を浴びせてしまう。結果、この女性は自殺してしまった。お腹に赤ん坊を宿したまま。

そして現在、主人公は再びこの辻占の町に戻ってくる。ときを同じくして、とあるウワサが女の子たちの間に広まっていた。 「四つ辻の美少年」といわれる美しい少年が辻占をする者の前に現れ、有無を言わせないほど強烈な魅力で、冷酷かつ否定的な占いを残していくのだという。そのために辻占で自殺者まで出てしまった。まるでかつて主人公が引き起こした悲劇のように……。果たして「四つ辻の美少年」とは何者か、なぜ人々に残酷な言葉を残すのか、主人公と彼の関係とは……?

「四つ辻の美少年」と主人公との対決を軸にストーリーが展開するけども、それ以外のエピソードにもほとんど無駄がない。5つのエピソード(余話を含む)がきちんと物語全体の構成に一役買っている。悲劇の原因にもきちんと説明がなされ、「四つ辻の美少年」がなぜ災厄と化してしまったかにも理由がある。

巡りくる因果の輪が最終的にどのような結末を迎えるのか、それはぜひ自分の目で読んで確かめてほしい。きっと最後には不思議な充足感を味わえるはずだから。マジで。

なんだかあらすじの紹介だけですが、実際、ストーリーの構成が完璧すぎてて言うことがほとんどないのよ。なんつーか、いい意味で「伊藤潤二らしくない」。 物語自体は240ページ、単行本約1冊程度ですが、骨組みと肉付けがしっかりしているので、読み応えがあります。小さな宝石のような、完成された美しさに満ちた1冊。ホラー漫画ファンなら必読。おススメ。ただし、買うなら「余話」も含めた完全版バージョンを。