ワンダと巨像

なんか更新ペースが遅くなっている気がするけど、逆に考えるんだ。
日が進むのが早くなっているんだ! メイド・イン・ヘブン的な。

戯言はさておき、個人的な好き・嫌いを抜きにしても、
万人が「これはスゲエな!」と脱帽してしまう作品ってあるじゃない。

PS2のソフトでいえば、『ワンダと巨像』がそれだと思います。

この作品は、すごいです。
主人公であるワンダを操作して、16体の巨大な=巨像と戦う。
ただそれだけなのに、いや、ただそれだけだからこそ面白い。

ゲームの流れとしては、広大なフィールドにて巨像を探しまわり、
探し当てたらそれを倒し、また新たな巨像を探して……と、これだけ。
Wikipediaの同項目では「アクションRPGのボス戦部分のみを抽出したような~」
とありますが、まさにその通りです。
必殺技もない、萌えキャラもない、ミニゲームもない、恋愛シーンもない。
「巨像と戦う」というその1点のみに集約した、職人芸的ゲームデザインがまず見事。

巨像たちはガチでワンダの何十倍(たまに小さいやつもいる)もある巨体を有しており、
歩く・棍棒を振る・足をふみならす・羽ばたくといった一挙手一投足に
空気が震えるような“巨大感”をビシビシと感じさせる。

いやもうホントに、初プレイ時で最初の巨像と出会った際の絶望感といったら。
巨像と戦うのはゲームのキャラであるはずなのに、
「え、なに? マジであれと戦うの?」と自分のことのように戸惑ったほどです。

当然、まともに戦えるはずがないんだけど、ヤツらは体の一部に弱点がある。
ワンダは巨像の体にしがみつき、振り落とされないようにガッシガッシとよじ登り、
弱点の部位に剣を突き立てて、倒す。

16体の巨像たちはいずれもバリエーション豊かで、
人型、馬、牛、虎、海蛇、大鷲、空を舞うドラゴン、トカゲなどなど。
一筋縄では弱点部位まで到達することできないものもいて、
動きのパターンを読んだり、地形を利用したりといったパズル的要素もある。

また、うまく巨像の体にしがみついて、弱点部位まで到達することができても、
「握力」メーターがあるので、しがみつきっぱなしというわけにはいかない。
握力が尽きて地面に叩きつけられたり、途中で振り落とされたりもする。

「もう少しで弱点を攻撃できそうだけど、握力がもう限界!
ここで振り落とされたら大ダメージだし、いったん安全な場所に避難するか!?
でもあと一撃で倒せそう! どうする!?」
みたいなギリギリの判断を迫られる場面も多数。

巨像にしがみつくワンダと同じように、
コントローラーを握りしめてプレイした人も多いんじゃないでしょうか。
“手に汗握る”って表現はこのゲームのためにあるかもしれません。

レベルデザインも秀逸で、何度かプレイすれば
必ず攻略の糸口が発見できるようになっているのも素晴らしい。
ほかにも、馬に乗って駆けまわっているだけで無心になれるフィールドの美しい景色や、
心が震えるほどに勇壮な音楽などの要素が高いレベルで融合しています。

そして、本作をプレイしていて一番「スゲエなあ」と感じ入ったのは、
巨像たちと戦っている最中、「このままずっと戦っていたい」と思ってしまったこと。
これは本当に恐るべきことだと俺は思う。

格闘漫画で「戦いに没入すぎて、決着をつけるのが惜しい」みたいなシーンが
描かれることがあるけども、それと同じ心境に達した、といってもいい。

TVゲームのプレイにおいてその域まで到達するには、
操作キャラとの一体感やアクション時の手ごたえ感、高度なゲームバランス、
ビジュアル面&オーディオ面でのリアリティなんかがそろっていないといけない。
ワンダと巨像』は、それをやってのけたわけです。

もう7年も前、2005年10月に発売されたんですが、
HDリマスター版がPS3にて2011年9月に発売されるなど今もって高評価。
近年、日本のゲームが「ガラパゴス化」しているという声もありますが、
本作のような作品が生まれる限り、その不安は杞憂だと個人的には信じてます。
ディレクターである上田文人氏の新作にも期待。5つ星、いや10つ星!

おまけ。本作のMAD。コメントは非表示で。
ただし音楽はClint mansellの「Requiem for a Dream」。全然別物です。
巨像との戦闘シーンはムービーではなく、実際のプレイ動画。改めてスゲエよなあ。