Lady Killer #2

※『Lady Killer』は殺し屋兼主婦のジョシー(ジョセフィン)を主人公にしたアメリカンコミックスです。周囲に殺し屋の顔を隠しながら、良き妻・良き母として毎日の生活を送るジョシーの姿が描かれます。

【前回からの続き。ネコのコスチュームを着たジョシーが、中年男性らの座るテーブルまで注文を取りに来る。そのうちのひとりが殺害のターゲットのようだ】

ジョシー「こんばんは、クリスタルといいます。今夜、私が皆さんの子ネコになりますわ。お飲物はいかがです?」

ボディーガードら「スコッチ、ロックで」「ストレートのウイスキー」「クレム・ド・ミント」

VIP「しっぽを一切れもらおかな、子ネコちゃん」

ジョシー「ごめんなさい、それはメニューにないのよ」

VIP「なら俺もスコッチだ」

【談笑するターゲットらのもとに、注文のドリンクを持って戻ってくるジョシー】

ボディーガードら「やつの顔見たかよ」「泣き叫んでたぞ」

【ターゲットがドリンクを飲むと、コースターにメッセージが書かれているのに気づく。メッセージは「店のクロークで会いましょう」】

VIP「すまんな、諸君。ちょっと席を外すぞ」

クロークルームにやって来るターゲット】

VIP「子ネコちゃーん、いいことしようぜ。お堅い女の子は嫌われるぞ」

【ジョシーの姿を探すターゲット。その背後からジョシーが飛びかかり、首のうしろに蹴りを食らわせる。倒れるターゲットに馬乗りになり、ネクタイを締めて彼を窒息させようとする】

VIP「なん……ぐあっ!」

【ターゲットはジョシーを平手打ちする。今度はジョシーのほうが倒れる】

VIP「このクソアマ、てめえが誰かなんて知らんが……誰に手を出しているかわかっちゃいねえようだな」

ジョシー「いいえ、はっきりわかってるわよ」

【倒れた状態からターゲットの顔を蹴り上げるジョシー】

VIP「殺してや……うっ!」

【再び倒れ込むターゲット。ジョシーはもう一度背後からネクタイを絞め上げる。ほどなくしてターゲットは絶命した。そのとき、背後から人影が現れる。タクシー運転手の姿をしたペックだった】

ペック「呼んだかな? その格好、似合ってるじゃないか。ここで正式に副業したらどうだ?」

ジョシー「この男をどかすの、手伝ってくれない? それとも、まだぼさっと突っ立っていたいわけ?」

ペック「なら聞け。今週の金曜はどんなに忙しかろうと……」

ジョシー「早くして」

ペック「ハッ! ずいぶん傲慢な態度だ。いいから心して聞けよ。ボスがきみに会いたがっている」

ジョシー「ステンホルムが? なぜ?」

ペック「知らん。とにかく会いたいんだとさ。よし、これで別人だ」

【ペックは遺体の首にネッカチーフを巻き、さらに帽子をかぶせた。2人は遺体を両脇から抱えて、そのままクラブの入り口から出て行く】

ペック「そうそう、一歩ずつ足を出して。おっと! 酒よりチーズバーガーのほうをたらふく食ってきたんじゃないですか?」

【クラブ入り口の女の子に声をかけるペック】

ペック「自宅まで送り届ける乗客をゲットしたよ。また今度どうかな、お嬢さん。電話してくれよな」

【ペックはタクシーの後部座席に遺体を載せる】

ペック「気分が悪くなりそうだったら、自分の帽子に顔を突っ込むんですよ、お客さん。……やれやれ、この死体を下ろすときは重労働だろうな。で、ステンホルムには6時に待ち合わせだって伝えるぜ」

ジョシー「ええ、いいわ……いや、やっぱり待って。ジーンが家にいるわ。3時にならない?」

ペック「おいおい、マジかよ」

ジョシー「ボスに言えないの? 私のためなのに?」

ペック「わかったよ」

【遺体を載せたタクシーはその場を去っていく。その場に残されたジョシーに、店の女の子が声をかける】

店のウェイトレス「ここにいたのね、クリスタル。7番テーブルがお待ちよ」

【場面転換。役員室で待つジョシー。そこへスーツ姿の中年男性がやって来る】

ステンホルム「すまん。遅れたな、ミス・シュラー。持ち帰りのカウンターがいつもより混んでいたもんでな。座っててくれ。食べてる間、顔を上げたくないもんでね。消化不良を起こすかもしれん」

【包みの中からサンドイッチを取り出すステンホルム】

ステンホルム「食べながらでも気にせんだろ? きみは聞き分けのいい女性だから。無論、問題が発生したときを除いてだが。教えてくれ、ミス・シュラー。この仕事は好きかね?」

ジョシー「はい、もちろん」

ステンホルム「ふーむ、カンパニーで働いてどれくらいになる?」

ジョシー「15年です」

ステンホルム「そうだ。我々の仕事の重要性を知るには十分な年月だ。きみは仕事に真剣に取り組んでいる。そうだな?」

ジョシー「そう思いたいですわ」

ステンホルム「そうするべきだ。そして、自分の家庭のことも重要だと思っているな。だから厄介ごとが起きないようにしている。今後はどうするのかね?」

ジョシー「どう、とは?」

ステンホルム「現在のきみのポジションは、長く居続けるものじゃない。あと数年で、より上のポジションにいける」

ジョシー「私は満足しています」

【ステンホルムは赤いファイルを取り出し、ジョシーに手渡す】

ステンホルム「それはよかった。やってほしい、難しい仕事があるんでね。……それと、予定変更をペックに頼んだそうだな。聞きたくない話だった。スケジュールを変更させるのは、キティ・キャット・クラブが初めてではなかったぞ」

ジョシー「ペックが大げさに言っているだけです。スケジューリングは、プロにとっての取り組むべき仕事のひとつです」

ステンホルム「では家族は? 家庭を持つことも取り組むべき仕事なのかね?」

ジョシー「家族と仕事は別個のものですわ」

ステンホルム「自分にとって何が重要か、よく吟味することだぞ、ミス・シュラー。何が優先すべきことなのかもな」

ジョシー「求められる仕事は完遂します。今まで通りに」

ステンホルム「いいだろう。先ほど言ったように、この仕事はデリケートで難しい。この仕事をこなせる女性だと信じたいところだ。それと私が言ったことをよく考えるんだな。きみは、この部屋に上がってくるハシゴを上っているが、そこから転げ落ちるところは見たくない」

ジョシー「おっしゃることはわかりましたわ、ステンホルムさん」

ステンホルム「わかってもらえてうれしいよ。では良い週末を過ごしたまえ」

【場面転換。車で自宅まで帰ってくるジョシー。トランクから買い物袋を取り出している。庭では双子の子どもらが遊んでおり、近所の友人と思しき女性がベビーシッターを任されていたようだ】

ジョシー「2人とも、買い物袋を持つのを手伝って」

ベビーシッター「忙しかった?」

ジョシー「まあまあね」

ベビーシッター「あなたがボランティアに行っている間、2人の面倒を見るのが私だってこと、お母さまは気にしなかったみたい。よかったわ。ほら幸せそうよ」

【義母は庭先のベンチで黙って座っている】

ベビーシッター「あなたがホスピスで働いているなんて、信じられないわね。あそこじゃ、人が毎日亡くなってるんでしょ。気が滅入りそう」

ジョシー「気にならないわよ。最期のときにも、彼らにやってあげなきゃいけないことはある。それをやる人も必要よ。それが私だっただけ」

ベビーシッター「私より進歩的なのね」

【自宅へと帰っていくベビーシッター】

ジョシー「明日、ジーンの誕生日パーティーには来るんでしょ?」
※ジーンは夫の名前。

ベビーシッター「絶対行くわ」

ジョシー「このあいだ作ってくれたアンブロシアを持ってきてくれない? ジーンったら、すっかり気に入ったみたいで、話すと止まらないのよ」
アンブロシアは、パイナップル、オレンジ、マシュマロ、ココナツなどを用いて作るフルーツサラダの一種。

ベビーシッター「わかったわ。マシュマロ多めでね!」

【場面転換。買い物袋をキッチンに運ぶ双子たち。うちひとり(ジェーン)が、ステンホルムから渡された赤いファイルを手にしている】

ジェーン「ママ、見て!」

ジョシー「ジェーン、それはあなたのものじゃないでしょ」

ジェーン「ごめんなさい、ママ」

もうひとりの双子「ジェーン、悪いことしたの?」

【ジェーンからファイルを取り返したジョシー。ファイルの中には次のターゲットの写真がある。見ればそれは小学生くらいの男の子だった】

ジョシー「手を洗ってらっしゃい。誰も悪いことはしてないわ」

【場面転換。ベッドルームで夫のジーンと話すジョシー】

ジョシー「ねえ?」

ジーン「ん?」

ジョシー「今日、妹と電話で話したのよ。いま作っているドレスのアレンジで、手伝いに来てほしいんですって。でも、あなたはベインブリッジ島に行きたがっていたし、断るべきよね?」

ジーン「いや、行っておいで。僕は車の修理をしているよ」

ジョシー「ホントに? 嫌なら……」

ジーン「また明日な、ダーリン。おやすみ」

【そういって眠るジーン。ジョシーはベッドに入って、思いつめたようにじっと目を開けている。第3話へ続く】 

Lady Killer

Lady Killer

 

 

Lady Killer #1

※『Lady Killer』は殺し屋兼主婦のジョシー(ジョセフィン)を主人公にしたアメリカンコミックスです。周囲に殺し屋の顔を隠しながら、良き妻・良き母として毎日の生活を送るジョシーの姿が描かれます。

【水色の制服を着たセールスレディが、客の家のドアをノックしている。ドアが開けられ、中からは小型犬を抱えた中年婦人が顔を出す】

セールスレディ「エイボン化粧品です」

【すぐに玄関先に足を踏み入れるセールスレディ】

セールスレディ「ごきげんいかがですか。アンダーソンと申します。エイボンの春の新作コスメをご紹介したくうかがいました」

婦人「どうも…。フランチ、おやめ!」

【婦人の足元には、ほかにも数匹の小型犬が駆け回っている。気にせず家の中にあがるセールスレディ】

セールスレディ「きっと後悔はさせません。最近のコスメでは、エイボンがいちばんですからね。こざっぱりした良い部屋ですわ、ローマンさん。ローマンさんでよろしいですよね? 以前、われわれのところで化粧品をお買いになられた」

ドリス「ドリスって呼んで。おたくからは以前、クズみたいな口紅を1本買っただけよ。それなのに私の生活の邪魔をするわけ?」

セールスレディ「ローマンさん、最後にお化粧をされたのはいつです? ぜひ今季の新色をお見せしたいですわ。どんなシーンにも使えるチークもございますよ」

ドリス「ねえ、ホントに必要ないんだけど……」

【意に介せずトークを続けるセールスレディ。持ってきたカバンのなかから、口紅と香水を取り出す】

セールスレディ「例えばこのコーラルレッドのリップ。これなんかお客様の顔色にぴったりです。こちらの香水は殿方をワイルドにさせますよ」

【香水のスプレーをドリスの顔の前で吹きかけるセールスレディ】

セールスレディ「すてきじゃありませんこと? ジャングルガーデニアというんです。エキゾチックな香りですわ」

【香水の香りでせきこむドリス。そのすきを狙って、セールスレディは彼女が持っていたコーヒーに小さな錠剤を入れる】

セールスレディ「ああ、申し訳ありません。こちらをお飲みになって……」

【知らずに錠剤入りのコーヒーを飲もうとするドリス。しかし、犬たちが急に彼女のひざに飛びあがり、コーヒーはこぼれてしまう】

ドリス「クッソ、このバカ犬!」

【ドリスは台所に行って、こぼれたコーヒーの片づけをする洗剤を探す。その背後から、セールスレディが声をかける】

セールスレディ「本当に申し訳ございませんでした、ロマノフさん」

ドリス「ドリスって……いま何て言った?」

【ドリスが顔を上げると、セールスレディはその手に金づちを持っていた】

セールスレディ「ロマノフ、が本名よね? 誰が、どうしてあなたに死んでほしいかは知らない。私が知ってるのは、そいつらが私にカネを払ったことと、そいつらがカネを払うだけの理由があったってこと」

【いそいで包丁を手にしようとするドリス。しかしその手は、セールスレディが振るったハンマーで叩きはらわれた。セールスレディは背後からドリスの首を絞め、床に転がった包丁に手を伸ばす。そしてドリスの胸に刃を突きたてた。盛大に血が飛び散る。セールスレディのスカートにも、少し血がついてしまう】

セールスレディ「あーあ、ちぇっ」

【場面転換。先ほどのセールスレディが、自宅で食事の準備をしている。キッチンでは双子の女の子が先住民の格好をして遊んでいる】

セールスレディ「2人とも、机の上は片付けてくれないかしら。お父さんがもうすぐ帰ってくるわよ。お母さんの言うこと聞いてくれる……」

【と、そのとき父親が帰ってくる】

双子の少女たち「パパー!」

【子どもたちをあやしながら、妻に帰宅のキスをする夫】

夫「ただいま、ダーリン。忙しかったかい?」

セールスレディ「そうね、普通よ」

少女「パパ、スカッシュよ!」

セールスレディ「スクワウでしょ」
※スクワウ(Squaw)は北米先住民の女性のこと。

【そのやりとりを見ていた老女が、なにやら声をあげている】

夫「母さん、英語を話してくれよ。ジョシーはドイツ語はわからないんだ、知ってるだろ」

義母「あの子は肉屋から帰ってくるのも遅かったし、まだ夕食の準備もしていないじゃないか」

ジョシー「ごめんなさい、お義母さん。ちょっと買い物に行ったら、そこで偶然友だちにあったものですから。夕食はすぐにできます」

夫「ね? もうすぐできるってさ」

【憮然とした表情でため息をつく義母。電話のベルが鳴る】

ジョシー「はい、シュラーです」

電話の声「ジョシーか? ペックだ。次の仕事があるんだが、家にいるか?」

夫「誰だい?」

ジョシー「ごめんなさい、もう生命保険のお話は間にあってます」

電話口のペック「話をそらすなよ、ジョシー」

ジョシー「ごめんなさい、今は夕食の時間ですから。セールスにつきあっている時間はないんです」

電話口のペック「なら23時に鉄工所で会おう。それならいいだろ?」

ジョシー「失礼ですが、もう切らないと」

【電話を切り、少しだけ沈黙するジョシー】

ジョシー「ご飯よ!」

【夕食を終え、居間でテレビを見ながらくつろぐジョシーとその夫、義母。そのとき、玄関からノックの音が聞こえてくる】

夫「見て来てくれないか?」

【ジョシーがドアを開けると、黒いスーツに身を包んだ精悍な顔つきの男性が立っていた。手にはパイプレンチを持っている】

ペック「こんばんは。下水道修理にうかがいました」

ジョシー「何しに来たのよ?」

【家の外に出て、玄関先で話すジョシーとペック】

ペック「約束をすっぽかされるような気がしたんでね」

ジョシー「夫がいるのよ!」

ペック「知ってるよ、だから変装してきたんじゃないか」

ジョシー「何の変装?」

ペック「配管工。パイプの水漏れはありませんか?」

ジョシー「すてきね」

【家の中から夫の声が聞こえてくる】

夫「ジョシー、誰だい?」

ジョシー「お隣のマージよ。明日、パン屋でセールがあるんですって」

夫「ああ、こんばんは、マージ!」

ペック「こんばんは!」

ジョシー「やめて! ちょっとマージとそこまで出るわ。すぐに戻ってくる」

【玄関先から駐車場のほうへ移動する2人】

ジョシー「家に来られると面倒なんだけど、ペック」

ペック「仕事があるんだよ、ジョシー。やる? やらない?」

ジョシー「詳しく話して」

【玄関先から離れた2人の様子を、窓から義母がその様子をうかがっている。ジョシーはそれには気づかず、ペックと話を進める】

ジョシー「キティ・キャット・クラブ?」

ペック「聞いたことはあるか?」

ジョシー「ダウンタウンにある変態ご用達のバーでしょ。ウェイトレスが水着で歩き回ってるっていう」

ペック「その通り。標的はクラブのVIPだ。普通、こういった要人暗殺の仕事はきみには回さないんだが、こいつはボディーガード付きなんだ。大勢な。俺の手駒じゃ、誰も標的に近づけない。標的がひとりになるのは便器に座るときか、女に乗るときかだけだ」

【真顔で見つめ返すジョシー】

ペック「すまんね、きみがデリケートなのを忘れてたよ。とにかく、きみはほかのスパイにはないものを持ってる」

ジョシー「それは?」

ペック「おっぱい。おっと、ちょっとしたジョークだよ」

ジョシー「下品なこと言うのはやめて」

ペック「わかった、すまん。マリア様に誓うさ」

ジョシー「あなたと話すのは疲れるわね」

【ジョシーに封筒を手渡すペック】

ペック「必要な情報は全部ここにある。がっかりさせないでくれよ、ジョシー」

ジョシー「させたことがあったかしら?」

【場面転換。キティ・キャット・クラブ。ネコ耳としっぽ付きハイレグ衣装を着けたジョシーがドリンクを配り回っているところで第2話へ続く】 

Lady Killer

Lady Killer

 

 

「正直者やマジメな人が損をしない社会を」って言うけどさ

損得や利益の価値観にとらわれてる時点で、ズルして得した人とそんなに変わらないんじゃね?

 

もちろん「正直者やマジメな人が損しない世の中」は理念として共感するし、そんな社会になればいいと思うよ、俺も。というか、実際いつかはそういう社会になるとさえ思ってる。

 

でも「正直者・マジメな人が損をしないこと」を望む気持ちのウラには、「損しないために正直になろう、マジメにやろう」という計算があるんじゃない? それは結局、得するためにズルしようって気持ちと同じ地平に立ってる気がする。

 

そもそも、正直な心根であることやマジメに生きることと、何らかの損害を被らないことは本来別モノであるはず。それなのに「正直者やマジメな人が損しない世の中」が叫ばれている。

 

ということは、「正直さ・マジメさは現世利益として報われるべき」という期待感が見えないところで広がっているのかも知れん。何か良いことをすれば、報酬が得られてしかるべきだという資本主義的期待。それはあたかも「悟りを開くために功徳を積む」のと同じ話で、本当はおかしなことなんだけども…。

 

いや、別に「損したくない・得したい」という目的のために正直者であってもいいんだよ。でもそれならその欲深さは自覚されるべきだと思うのよね。「正直者やマジメな人が損をしない社会を」というスローガンは、その欲深さを覆い隠してしまう耳触りの良さがあるから、やっぱりどうも一歩身を引いてしまう、個人的には。

 

理想を言えばさ、現世的な損得から解き放たれた価値観を生きていきたい。見た目の損得、目の前の損得にとらわれなくなったら、たぶん無敵だと思うのよね。それこそ『あっかんべエ一休』(坂口尚の)みたいな生き方できたらな、と。

 

でも多分無理だから、だからこそさっき書いたように、自分の欲深さと向き合うことには意識的でありたいなと思うわけであります。 

あっかんべェ一休(上) (講談社漫画文庫)

あっかんべェ一休(上) (講談社漫画文庫)

 

 

Fables vol.4 "March Of The Wooden Soldiers" (翻訳その21)

※『Fables』は、おとぎ話を題材にしたアメコミです。悪の勢力によって、おとぎ話の世界“ホームランド”から追放されたさまざまなキャラクターたちが、現実世界で素性を隠しながら生活しています。キャラクターたちは自らをフェイブルズと称しています。

<3月29日、金曜日>

ニュースキャスター「ではローカルニュースに戻ります。昨晩、アッパー・ウェストサイドで開催されたブロックパーティーの収拾がつかなくなり、雑居ビル1棟で火災が発生しました。火はすぐに消し止められ、けが人はいませんでした」

ニュースキャスター「続いてのニュースです。昨晩、アッパー・ウェストサイドの家族が屋上でバーベキューをしていたところ、火の収拾がつかなくなり、雑居ビル1棟で火事が発生しました。火はすぐに消し止められ、けが人はいませんでした。さらに続いてのニュースです…」

【フェイブルタウンの戦いが終結した翌日、ローカルニュースで火災のことが報じられている。戦いの詳細が現世人に知れ渡ることは防げたようだが、スタジオでは、ニュースに対してひとりの成人男性が疑問を抱いている】

ケヴィン「あのニュースキャスターがしゃべってる内容を聞きましたか、マイク?」

ニュースキャスター「昨晩、アッパー・ウェストサイドの2つのストリート・ギャングが乱闘騒ぎを起こし、雑居ビル1棟で火災が発生しました。火はすぐに消し止められ、けが人はいませんでした」

マイク「何が言いたい、ケヴィン? 放送中だぞ、忙しいんだ」

【番組のディレクターらしい太った男性が、ケヴィンの疑問に答える】

ケヴィン「あのキャスターは、ほとんど同じ内容のニュースを3回に分けてしゃべってる。細かい違いしかないのに! 妙だと思わないんですか?」

マイク「どうでもいいローカルニュースをレポートしてることがか? ニュースが少ない日なんだよ」

ケヴィン「3回ですよ、3回! 気づいていないんですか! テープを巻き戻して確認すれば、1回にまとめてレポートできるはずです」

マイク「どういう意味だ? また俺にXファイルを見せるつもりか? お前はモルダー捜査官じゃあない。『真実はそこにある』かもしれんが、俺たちが扱うのは真実じゃない。事実だ。わかったか?」

ケヴィン「この話には続きがあるんです!」

マイク「何の話だ、もう時間いっぱいだぞ」

ケヴィン「同じ地域の住民たちが、奇妙なものを見かけたという報告があるんです。メン・イン・ブラックと空飛ぶ…」

【戦いを秘匿する呪文を解き、その代わりに豪雨を降らせたことで、バーバ・ヤガーや黒服たちの姿が、一部の現世人に目撃されたのかもしれない】

マイク「円盤か? 空飛ぶ円盤だって言うんなら、お前はクビだぞ、ケヴィン・ソーン!」

ケヴィン「空飛ぶベッドです。美女を乗せた」

マイク「出てけ!」

<3月30日、土曜日>

【場面転換。火災で廃墟になったビルの前に、喪服に身を包んだスノウとコール老王が座っている】

コール老王「これからどうするべきかね、スノウ」

スノウ「再建しましょう。これらのビルは、長く建ち続けるように建設されました。修理できるはずです」

コール老王「では、死者を弔ったあとにな」

スノウ「時間ですか?」

コール老王「ああ、さあ行こう」

【場面転換。ウッドランド・ビル内の地下と思しき場所に、喪服を着たフェイブルズらが集まっている。その中央には大きな深い井戸がある】

コール老王「倒れし戦友、クマのブー。そなたの身を魔法の底なし井戸にゆだねる。願わくば彼の魂が新たな生をさずかるか、この深みと魔力に抱かれ、安らぎを得んことを」

母クマ「ああ、私のブーちゃん! ママはお前を愛してるわ!」

【白い布に包まれたブーの遺体が井戸に投げ入れられた】

コール老王「次は?」

ビグビー「マウスポリスたちだ」

フライキャッチャー「彼らも戦ってたのか?」

プリンス・チャーミング「ああ、気付いた者は少なかったがね。彼らも勇敢によく戦った。それも非常に危険な任務を。ブルフィンチ通りでの戦闘が始まって火災が起きる前まで、彼らは敵中に散らばっていたんだ。マウスポリスたちは黒服たちの脚によじのぼり、そのひざの関節のネジを外して、やつらを行動不能にしたんだ。だが半数以上のマウスポリスたちが犠牲になった。任務を遂行したことで、倒れた黒服の体に下敷きになってしまったんだ」

【プリンスは、トレーにマウスポリスとネズミたちを載せ、それを井戸の中に投げ入れる。】

コール老王「彼らを魔法の井戸にゆだねる…。さてこれは?」

ビグビー「赤ずきんだ」

母クマ「何ですって?」

父クマ「膿んで腐った魔女の死体を、私のブーと一緒に埋葬するのか?」

フライキャッチャー「ウェイランドさんや他のフェイブルズもここに入ってるんですよ」

ビグビー「すまない。だがやるしかない。こいつは危険すぎる。トラブルを招かないためにも、こうするのが一番確実なんだ」

父クマ「なら、やってくれ。だが祝福の言葉は無しだ。この女にはもったない」

コール老王「これなるは我らの恐るべき敵にして名付けがたいほど卑劣な女。願わくば、彼女に終わりなき苦痛と拷問が与えられんことを」

【ブーやマウスポリスたちと同様に、ニセ赤ずきんの遺体も井戸に投げ入れられた。場面転換。ウッドランド・ビル内のどこかの部屋。部屋の壁一面に棚が設置されており、そこには黒服たちの頭部がずらりと並んでいる】

ビグビー「いい車イスだな、ブルー。よく合ってる」

ブルーボーイ「スノウがお古を貸してくれたんだ。彼女が必要になる前に返却したいんだけど」

ビグビー「治るさ。いい医者がお前の指を治療してくれるって聞いたぞ」

ブルーボーイ「スウィンハート先生は自信があるみたいだけど、僕は治るかどうか、確信がない」

ビグビー「良くなるといいが。お前の演奏は好きだからな」

ブルーボーイ「ホント? そんなこと一度も言ったことないのに」

【黒服たちに目を向けるビグビー】

ビグビー「こいつらは何かしゃべったか?」

ブルーボーイ「ずっと話してるさ。だけど重要なことは何も。お互いにぺちゃくちゃ意味のないことを話してるだけだよ。今は静かだけどね。寝てるのかな。こいつら、いつも同じときに同じ行動するみたい」

ビグビー「見張りを続けてくれ。時間をかければ、こいつらからは多くのものが得られるだろう。俺たちには、時間だけはある」

【ビグビーは部屋を出て行き、さらにビルの地下室らしき場所へと進む。そこには魔女のフラウと、十字架に貼り付けにされたバーバ・ヤガーの姿があった】

ビグビー「ニセ赤ずきんの様子は?」

フラウ「生きてるよ、驚いたことにね。だが魔力はない。こいつの魔力は毎日吸い取っているから、必要なだけこのままで維持できるよ」

ビグビー「数年間は無力化させたい」

フラウ「いいだろう。わたしゃ我慢強いんだ」

ビグビー「こいつ、話は聞こえてるのか?」

フラウ「ああ」

【ビグビーは、ピクリともしないバーバ・ヤガーに顔を近づける】

ビグビー「聞け、バーバ・ヤガー。お前は完全にひとりだ。俺とフラウ以外に、お前が生きていることを知る者はいない。食べ物も休息も楽しみも、仲間もない。俺たちだけだ。これはずっと変わらん。だから、魔王とそれらのことについて話す準備ができたら、いつでも知らせてくれ。自分なら耐えられると思っているだろう。だが、誰も長くはもたない。最後にはすべて話す、必ずな。それまでゆっくりしていてくれ」

<3月31日、そして幾日かが過ぎた>

【戦いが終わり、フェイブルズらの生活は少しずつ日常へと戻りつつある。市長選の選挙ポスターが貼りだされ、その前ではグリンブルとホブズが話している】

ホブズ「コール老王、これを見ましたかね?」

グリンブル「ああ。ちょっとうめいたあと、寝るって言ってたな」

【首をはねられたピノキオの体を検分するスウィンハート医師】

スウィンハート医師「ピノキオの体は木に戻ってしまった。こうなっては、もはや私の専門領域ではない」

フライキャッチャー「けど、この木にはまだ魔法がかけられてるでしょ?」

ブルーボーイ「それなら、とにかく修理はできるってことでは?」

【木陰で亡きブーのことを悲しむ父クマと母クマ】

父クマ「悲しいのかい、お前」

母クマ「憂鬱な気持ちだわ。ブーちゃんのことを考えていたの。あなたはまだブーのことを考えることがあって?」

父クマ「毎日だよ」

母クマ「そう。私、妊娠したみたい」

【ファームの納屋で静かに泣くローズ】

子ヤギ「どうしたの、ローズ?」

スティンキー「ボス、なぜ泣いているんです?」

ローズ「何でもないわ。ウェイランドがいなくて悲しいだけ…」

【庭園のベンチに座るスノウとビグビー】

スノウ「ビグビー」

ビグビー「んー?」

スノウ「生まれそう」 

Fables Vol. 4: March of the Wooden Soldiers

Fables Vol. 4: March of the Wooden Soldiers

 

 

『ブラック・ジャック』の個人的な名エピソード ベスト10

みんな大好き手塚治虫の『ブラック・ジャック』。居酒屋での「とりあえずビール」並みに面白さの安定感がありますね。もう何度も読んでいるんですが、こないだひさしぶりに文庫全巻を読み返したので、その中でも特にオススメのエピソードをベスト10として紹介します。ランキング形式で。文庫版からピックアップして。

10. なんという舌(文庫5巻)

【あらすじ】

ブラックジャックの移植手術によって、短肢症を克服したソロバンの得意な村岡少年。彼は全国ソロバン大会に出場するが、ブラックジャックは「移植した腕では長時間の酷使に耐えられない」と警告する…。

【解説】

村岡少年を叱咤するブラックジャックのセリフ、「笑うやつには笑いかえしてやれないのか」が印象的なエピソード。最後には「体のある部分(エピソード名ネタバレ)」でソロバンをする村岡少年と、それを快く認めるソロバン大会の審査員たちの姿が描かれます。「障害を克服した者は、決して卑下しなくていいんだ」という、ブラックジャックの価値観が見て取れますね。

9. ピノコ愛してる(文庫3巻)

【あらすじ】

ブラックジャックと暮らすことになったピノコ。炊事洗濯もできないあげく愛の言葉を投げかける彼女に、ブラックジャックは手を焼く。そんな中、事故で重傷を負った男児を手術することに。ピノコは自分の体を使って移植手術をすればいいと言うが…。

【解説】

ブラックジャックの最大の理解者であり恋人でもあるピノコ。その彼女の愛と、ブラックジャックとの関係が見事に描かれている一編です。ブラックジャックのことが大好きなのに、いざ手術となれば死ぬこともためらわない、そこがやっぱりピノコというキャラクターの凄さでしょう。もちろん、だからと言ってピノコを犠牲にできるブラックジャックでもない。手術は悲劇的な最後を迎えるんですが、彼の苦悩と葛藤を我がことのように理解するピノコのラストのセリフが泣けます。

8. 助け合い(文庫2巻)

【あらすじ】

異国の地で警察に捕まってしまったブラックジャックを、蟻谷という男性が助けてくれた。帰国後、ブラックジャックはその蟻谷氏が事故で危篤に陥ったことを知る。かつての恩を返すため、ブラックジャックは走り出した!

【解説】

ブラックジャックでも一・二を争う誠意ある善人、蟻谷さん。そんな彼の善意に、これまた持てるすべてを使って恩返ししようとするブラックジャック。やっぱり「情けは人のためならず」ですよ、いやほんと。蟻谷さんを取り巻く悪人たちも懲らしめられて、一石二鳥となる大団円っぷりが良いですね。病院を現金20億円で買い取るシーンも痛快。

7. ちぢむ!(文庫3巻)

【あらすじ】

かつての恩師・戸隠先生によって、アフリカの奥地へ呼び出されたブラックジャック。そこでは、体が縮んでいくという謎の奇病がまん延していた。戸隠自身もこの病に侵されており、ブラックジャックに原因解明を依頼する。ブラックジャックはこの奇怪な病に挑むことになるが…。

【解説】

ブラック・ジャック』には架空の病気もたくさん出てきますが、その中でも印象的なのが本エピソードの組織委縮症。普段冷静なブラックジャックが焦りの中、原因究明に奔走していて、エピソード全体に緊張感が漂っています。そしてラストの「医者はなんのためにあるんだ!」という叫び。まさにこの漫画で描かれるからこそ、深い意義を持つ名シーンでありましょう。

6. 台風一過(文庫17巻)

【あらすじ】

人気アイドル歌手の子宮外妊娠の手術を行うことになったブラックジャック。手術は極秘で進めなければならず、外では台風が吹き荒れるという不安定な状況下に乗り気はしない。自宅ではピノコが帰りを待っているが…。

【解説】

珍しくブラックジャックピノコが別行動で話を進めるエピソード。世間体ばかり気にする芸能マネージャーとのやり取り、緊迫した極限状況下での手術、ピノコの奮闘など一話完結とは思えないほどの見どころがありますが、やはり帰宅後のお茶のシーンが素晴らしい。救われる感があります。文庫版は全17巻なのですが、最終巻にこのエピソードをもってくるあたり、選者のセンスが良いですね。

5. ときには真珠のように(文庫1巻)

【あらすじ】

ブラックジャックの元にとどいた小包み、それは奇妙な石の鞘(さや)に収められたヰ1本のメスだった。送り主が命の恩人・本間丈太郎医師であることを突き止めたブラックジャックは、老衰で寝込む彼の元を訪れる。そこで聞かされた、ある懺悔とは…。

【解説】

名セリフ、「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて おこがましいとは思わんかね……」が登場する回です。『湯治場の二人』(文庫5巻)にも描かれてる通り、漫画『ブラック・ジャック』には”人間が人間の手で生死を操作すること”に対する懐疑心のようなものがあります。その懐疑心を如実に表したのが本エピソードと言えるでしょう。もちろん、ただ単に「生死の操作は人間の分を超えた行為だ!」と非難するのではないところがミソ。「救いたい」、「救えなかった」、「救うのが正しいのか」の間で葛藤するブラックジャックの姿が心に残ります。

4. 密室の少年(文庫12巻)

【あらすじ】

事故で手足がマヒしてしまった少年を診ることになったブラックジャック。しかし不思議なちからで、聴診器は飛び回りメスは折れ曲がってしまう。少年の鬱屈した精神による念動力だと確信したブラックジャックは、彼と対決することを決意する。

【解説】

バカ親のせいで手足が動かなくなってしまった少年と、その憎悪のほとばしり。それらと真正面から向き合い、一身で受け止めるブラックジャックの人間としての気概に胸が熱くなります。念動力による攻撃をものともせず、ひねくれまくった少年に言い放ったセリフ、「おれがおまえぐらいのときにゃア からだじゅうがバラバラだったんだ!!」もめちゃくちゃカッコいい。バカ親のおかげでもの悲しいラストになってしまうのですが、ピノコのセリフが救ってくれます。

3. ふたりの黒い医者(文庫3巻)

【あらすじ】

おなじ患者を同時に受け持つことになったブラックジャックドクター・キリコ。ひとりは助けるため、もうひとりは安楽死のために…。医師として、ひとりの人間として負けられない戦いが始まった。

【解説】

ブラックジャックのライバルともいえるドクター・キリコの登場回。「死への一時間」(文庫8巻)とどっちかなと考えたんですが、やっぱり2人の価値観の違いが如実に表れてる本エピソードのほうを選びました。そしてまたこのエピソードは、5位の「ときには真珠のように」で提示された課題に対する、ブラックジャックなりの解答も描かれています。ラストシーン、絶望の淵に踏みとどまって自分の決意を叫ぶブラックジャックに対し、哄笑するキリコの姿はほのかに哀れを誘いますね。

2. あつい夜(文庫10巻)

【あらすじ】

ハワイ在住のとある大富豪。彼は何度も殺し屋に命を狙われ、そのたびにブラックジャックに助けられていた。富豪は「命を狙われる心当たりなどない」と言うが、かつてベトナム戦争に従事した経験があった…。

【解説】

ちょっとしたミステリ仕立てで、戦争の理不尽と復讐の悲哀を描く隠れた名エピソード。犯人が悲痛な思いで叫ぶ「できれば戦争中にお前を殺したかった 戦争は人間のひとりやふたり殺しても罰せられん」というセリフ。このセリフが持つ恐ろしさ・残酷さ・意義深さは、相当なもんですよアンタ。このエピソードを読むためだけにでも、文庫10巻を買う価値はあります。ブラックジャックの最後のセリフも印象に残ります。

1. 霧(文庫15巻)

【あらすじ】

病気のため自暴自棄になり、険しい山奥で自殺を図った少女・美江。彼女を追ってきたブラックジャックだったが、急激に立ち込めた濃霧によって美江ともども遭難してしまう。美江は自分のことなど放っておけと言うが、果たしてサバイバルの行方は…?

【解説】

一刻も早く下山して治療したいブラックジャック、自殺志願で自暴自棄な美江、霧に包まれた閉鎖空間、時間と飢えとの戦い、少しずつ歩み寄る2人の心…。ちょっとした映画でも作れそうな設定を、16ページ内に見事に収め、しかも泣けるというすさまじいエピソード。ブラックジャックと美江の2人しか登場しないというのも素晴らしい。中盤、親に見捨てられたことを知った美江が、なぜ自分なんかを助けるのかと泣きながら問うシーンがあるんですよ。それに対するブラックジャックのセリフは、たぶん全エピソードの中でも一番ブラックジャックらしい、そして人間臭いセリフだと思います。だからこのエピソードを1番に推しました。ぜひ本編を読んでみてください。

  

いかがでしたか、俺の個人的ベスト・オブ・ブラックジャック。正直、ベスト100でもいいくらいなんですが、さすがに体力が持たないので10本に絞りました。次点として「二つの愛」(文庫3巻)、「六等星」(文庫1巻)、「湯治場の2人」(文庫5巻)、「殺しがやって来る」(文庫8巻)なんかも好き。文庫未収録ですが、「ふたりのジャン」(単行本4巻)なんかも良いですね。皆さんもどうぞベストエピソードをまとめてみてください。一家に一冊、ブラックジャック。 

ちなみに特設サイト「ブラックジャック 40周年アニバーサリー」には一般投票で選ばれた人気エピソードランキングもあります。ご自身のピックアップと比べてみるのもまた一興かと。

Fables vol.4 "March Of The Wooden Soldiers" (翻訳その20)

※『Fables』は、おとぎ話を題材にしたアメコミです。悪の勢力によって、おとぎ話の世界“ホームランド”から追放されたさまざまなキャラクターたちが、現実世界で素性を隠しながら生活しています。キャラクターたちは自らをフェイブルズと称しています。

<チャプター8:イン・ライク・ア・ライオン、アウト・オン・ザ・ラム>
※章タイトルの「In like a lion, out on the lamb」は、寒さを残して始まり、最後には暖かくなるという三月の気候を表した比喩。

【ビグビーが到着する少し前。浮遊するベッドに乗ったニセ赤ずきんが、ウッドランド・ビルの門前の上空から地上を見下ろしている。眼下に広がるのは、燃え盛ってもなお動き続ける黒服たちの姿。そのとき、彼女の頭の中に声が聞こえてくる】

声「おお、赤ずきん。ここまでおいで。来たらよくないことがある」

ニセ赤ずきん「あら、頭の中に話しかけてくるのは誰?」

声「屋上までおいで、空まで登ってきなさい。私に会いにおいで、死ににおいで」

ニセ赤ずきん「このヘタクソな詩の主は誰なの?」

【ニセ赤ずきんは空飛ぶベッドを上昇させ、ウッドランド・ビルの屋上にあるペントハウスまでやって来る。そこには、椅子に腰かけて編み物をしている魔女フラウ・トーテンキンダーの姿があった】

ニセ赤ずきん「あなた、見覚えがあるわ。ジンジャーブレッドハウスの魔女ね」
【ジンジャーブレッドは、欧米で作られるショウガ入りのパンやクッキーのこと。童話『ヘンゼルとグレーテル』の老魔女は、このジンジャーブレッドでできた家に住んで子供たちをおびき寄せていたとされている】

フラウ「私もアンタを知ってるよ。その借り物の姿じゃなくて、本物のアンタをね。ファームにある魔法の小屋が暴れ出した時、アンタの正体に気付いたのさ、バーバ・ヤガー」

バーバ・ヤガー「あの小屋を起こす気はなかったのよ。あれがこっち側の世界にあることすら知らなかったんだから。小屋が勝手に私の魔力に反応しただけだわ」
バーバ・ヤガーはスラヴ民話に登場する老いた魔女。ニワトリの脚がついた小屋に住み、子供らを誘拐して食ってしまうとされている】

フラウ「いい加減なことを言うね」

バーバ・ヤガー「あんたのさっきの詩はクソつまんなかったわよ」

フラウ「そりゃ不本意だ。わたしゃいつも明快な言葉を使ってメッセージを届けるんだけど、呪文の不具合で、いつの間にか詩句が書き換えられちまうんだよ」

バーバ・ヤガー「いい加減なことを!」

フラウ「一本取られたね」

バーバ・ヤガー「で、なんで私を呼びつけたの。こっちは地上で戦わなきゃいけないんだけど」

フラウ「いいや、あんたはここで私と戦うのさ」

バーバ・ヤガー「ふざけないで…」

【そう言いかけた時、暴風があたりを吹き抜ける。空飛ぶベッドごと吹き飛ばされそうになるバーバ・ヤガー】

バーバ・ヤガー「今のは!?」

フラウ「ビグビー・ウルフがやって来たのさ。あんたの戦いは、北風の子によって消されちまったよ。それと、燃え盛る火を消すための雨も降りだした」

【フラウがそう言うと、大粒の雨が降り始める。13階の魔術師・魔女たちによる降雨の呪文が効果を表し始めた】

バーバ・ヤガー「こけおどしを! あんたの命の残り時間はわずかだ、フラウ・トーテンキンダー。本気で私と戦うつもり? あんたじゃ私の相手にもならない」

フラウ「ここがホームランドで、大昔の話だったら、あるいはそうかもしれない。だけどこの場所じゃアンタはよそ者だ。この場所にはね、あらゆる可能性が私に対して有利に働くように何世紀も呪文をかけてきたんだ。あんたは私の手のひらの上なんだよ、バカ女」

バーバ・ヤガー「いいわ、なら始めましょ。おしゃべりは飽きたわ」

【場面転換。地上では、駆け付けたビグビー・ウルフが木製人形の兵隊たちを一掃したところだった。ウッドランド・ビルの司令室からその様子を見ていたスノウが快哉を上げる】

スノウ「ビグビー! やってくれたわね!」

【戦場でも、人々が口々にビグビーの到着を喜ぶ】

コール老王「神の恵みだ! まさに時間どおりの到着だな」

プリンス「認めたくはないが、君が来てくれてこんなに嬉しく思ったことはないぞ、老犬よ」

ビグビー「お世辞はあとだ。やるべきことはまだ残っている。人員を3チームに分けよう。第1チームは建物内で燃えている火災の消火に当たってくれ。雨もそこまではとどかない」

プリンス「よし、それは俺がやろう。消化チーム、私に続け!」

ビグビー「第2チームは負傷者を集めて、ビル内に運搬するんだ」

【ビグビーが指揮を出す間、スノウはビルの階段を降りて彼の元へと走る。杖を持ってそのあとを追いかけるフライキャッチャー】

ビグビー「第3チームは木製人形どもの調査。一体ずつ注意して調べろ。生死を関わらず、やつらの頭部を切り落とすんだ」

グリンブル「俺たちがやろう。首を集めてるんでね」

ビグビー「頭部はビジネスオフィスの、どこかの部屋に保管しておくんだ。胴体部分の保管場所からは離れたところだぞ」

スノウ「ビグビー!」

【走ってきたスノウが、ビグビーの首に抱きつく】

ビグビー「スノウ」

スノウ「分かってたわ、私たちを助けてくれるって。あなたはいつもそうだもの。いつも私を救い出してくれる」

ビグビー「俺も君に会えて嬉しいが、今は豪雨で、しかも君は妊娠している。子供のことを考えれば、建物の中にいるべきだぞ。フライ、彼女を中へ」

【フライキャッチャーに付き添われて、ビルの中へと戻るスノウ。普段の冷静さからは想像もつかない彼女の大胆な行動に、人々は驚く】

ローズ「わーお、今の見た? 姉さんがまるで動物のように…」

ビグビー「さあみんな、仕事に戻るんだ。戦闘は終わったかもしれないが、戦いはまだ続いているぞ」

ローズ「誰があんなの予想できたかしら」

<夜明けまで2時間。長い夜が続いていた>

【負傷者を搬送するコール老王とフライキャッチャー。その時、ひときわ大きな雷鳴が鳴り響く】

コール老王「今のを見たか、フライキャッチャー」

フライ「落雷ですね。かなり近い。たぶんビルの屋根に落ちたと思います。調べるべきでしょうか」

【2人はエレベーターに乗って最上階までやって来た】

コール老王「ここでエレベーターを待機させておくんだ。私が調べてくる」

フライ「お気をつけて、市長」

【コール老王は棒切れを手にしてエレベーターから降り、窓際へと向かう】

コール老王「何だあれは? 何かが外に…?」

【そうつぶやくコール老王のメガネには、何か巨大な異形の魔物の姿が映る。すぐにエレベーターへと引き返す老王】

コール老王「フライ! 下に降りるんだ、今すぐ! 早く!」

フライ「何か見たんですか?」

コール老王「何か? 何も! 何も見ておらん。夜が明けるまでは誰もペントハウスに上がらせるな。これは命令だぞ!」

【フラウとバーバ・ヤガーの戦いはすでに終わっていた。ペントハウスのプールサイドには、ボロ布のようにズタズタになったバーバ・ヤガーの体が転がっている。体中あざだらけで、左目はえぐり取られ、足も大きく損傷している。息も絶え絶えに話すバーバ・ヤガー】

バーバ・ヤガー「な、何を…」

フラウ「何だって? 声が小さくて聴こえないよ」

バーバ・ヤガー「何をしやがった…」

フラウ「さっき言っただろ。この場所では、あたしゃアンタより強くなれるんだ。まあいま考えてみれば、どの場所でもあんたよりは強かったと思うけど、こういう決着は最後に片付けるほうがいいだろ?」

バーバ・ヤガー「けど、いつも私のほうが…」

フラウ「ああ、わかってるよ。自分のほうがたくさんの物語に登場していて、みんなに怖がられて、より名前を知られているはずだって言いたいんだろ。けど私に言わせりゃ、人気とパワーがイコールだと考えるのはナンセンスだね。人気と本人のパワーに関して、きちんとテストされたことはない。私は、物語世界の外に身を置いているけど、匿名でいることのほうが良いね。みんなが知ってるあの物語でも、私は名前を知られなかった。どのような“森の魔女”でもあり得たんだよ」

【「みんなが知ってるあの物語」とは童話「ヘンゼルとグレーテル」のことと思われる。人々によく知られているフェイブルズや、人気があるフェイブルズほど強力なパワーを得るらしいが、フラウはあえて名を伏せ、さまざまな童話の「森の魔女」の象徴として人々の知られることを選んだと思われる】

フラウ「まあ、要するに私はいつでもアンタより強かったわけだ。何度も殺せたし、オーブンで焼き殺すこともできた。気分はどうだい、愚かでちっぽけなヒヨコちゃん。もう黙って編み物をさせておくれ。あがくのはやめて、暗い眠りに落ちるんだ。お前の物語は終わりだよ、バーバ・ヤガー」 

Fables Vol. 4: March of the Wooden Soldiers

Fables Vol. 4: March of the Wooden Soldiers

 

 

Fables vol.4 "March Of The Wooden Soldiers" (翻訳その19)

※『Fables』は、おとぎ話を題材にしたアメコミです。悪の勢力によって、おとぎ話の世界“ホームランド”から追放されたさまざまなキャラクターたちが、現実世界で素性を隠しながら生活しています。キャラクターたちは自らをフェイブルズと称しています。

【負傷者を乗せた担架が、医療班によって運ばれていく】

医療班「通してくれ」「どけどけ!」

【ウッドランド・ビルの内部に入る医療班。そこではピノキオとジャックが言い争いをしている】

ピノキオ「話せ、バカ! どうなってるか見たいだけだよ!」

ジャック「ダメだ。ビルの中の安全な場所にいとけ」

ピノキオ「お前も一緒について来ればいいだろ」

ジャック「俺もまだここに残る」

ピノキオ「弱虫!」

ジャック「うるさい!」

【急ごしらえの救護室には人間・動物問わず、何人ものフェイブルズが寝かされている。すでに遺体袋も何体も並んでいる。部屋の中央ではスウィンハート医師が手当てを行っている】

医療班「スウィンハート先生! 重傷です」「どこに置けばいいですか?」

スウィンハート「部屋のどこでもいい。この患者を終えたら、もう一度トリアージを行う」

【場面転換。司令部のスノウとフライキャッチャー。スノウは双眼鏡で戦場の様子をうかがっている】

スノウ「やられたわね」

フライキャッチャー「何がです?」

スノウ「黒服たちは、倒れた仲間から使えるパーツを拾って、それを別の兵士に付け替えているのよ。長く戦えるわけだわ」

【見れば、片腕を失った黒服に、別の黒服が新たな腕を取り付けている】

スノウ「クラクションで合図を送って、大型兵士たちを下がらせるのよ。それと、ローズにクラーラを投入するよう伝えて。木彫りの時間は終わりよ」

【戦場のグリンブルらが合図に気づく】

グリンブル「合図だ! スクラムを組め」

ビースト「おう!」

ローズ「行きなさい!」

【ローズが合図を飛ばすと、クラーラが飛び立つ】
※クラーラはかつてドラゴンだったカラス。ドラゴンの名残で口から火炎放射が可能。

ブルーボーイ「行くぞ! 道路から離れるんだ、今すぐ!」

【退避しようとするブルーボーイと三匹のクマたち。そこへ黒服らが銃弾を浴びせる。子グマのブーが銃弾に倒れる】

母クマ「ブーちゃん!」

【飛び立ったクラーラは、道路にいる黒服たちに上空から強力な火炎を吹きかける。道路は燃え上がる黒服たちで火の海と化す。それを見ているのはピノキオ】

ピノキオ「なんてことするんだ、スノウ!」

ジャック「部屋に戻れ、アホ」

ピノキオ「彼女は分かっちゃいない! あいつらは俺と同じように作られてるんだ。堅木からできてるんだよ。そりゃ最後には燃え尽きるさ。でもすぐじゃない。それまであいつらは歩けるし殺しもできる。触ったものをなんでも燃やせる。スノウは200体以上のヒューマントーチを作ったようなもんだぞ!」

【ピノキオの言う通り、黒服たちは激しく燃えながらも立って会話を続けている】

黒服たち「なんと無慈悲な新展開だ」「我々は、どうしようもないほdの不運に見舞われたようだぞ」「だが、敵をとらえる時間はありそうだ」

黒服「“肉”どもを料理してやろうじゃないか、兄弟」

ピノキオ「行けよ、ジャック! スノウに何が起きてるか報告しろ!」

【ジャックから離れるピノキオ】

ピノキオ「これじゃ狂気そのものだ! 俺だけがこれを止められるんだ! 戦うのはやめろ! やめろ!」

【戦線へと駆けつけるピノキオ】

コール老王「撃ち方やめ! あの少年に当たる!」

ピノキオ「戦いうのは終わりだ! 俺だ、ピノキオだ! 命令だぞ! 戦うのはやめるんだ!」

【黒服たちの前に飛び出すピノキオ。しかし黒服たちはそれに気づかず、斧でピノキオの首をはねてしまった】

黒服「黙れ!」「今のは誰だ? 俺たちと知り合いみたいな口ぶりだったが」「知るかよ。こんな炎の中じゃ、ほとんど見えないからな」「人間どもの頭の中なんて推測もできん。あいつらは全員マヌケだからな」

【最悪の事態に気づいたスノウ】

スノウ「ああ、うそでしょ。大失敗だわ。グループリーダー全員に通達、可能なら消火活動を行うこと。できないなら、ブルフィンチ通りの両側の建物内に撤退すること」

フライキャッチャー「いま伝えてます!」

スノウ「裏道を通って撤退させるのよ。燃え盛る兵士どもの間は避けること。それと13階につないで、今すぐ!」

【13階では魔法使いたちが集まって呪文を唱え続けている。そこへスノウからの緊急電話。魔法使いのリーダーである魔女フラウが応える】

スノウ「雨を降らせて! 豪雨を!」

フラウ「しかしながらミス・ホワイト、現世人の眼をあざむくことに集中するよう、我々に明言されたでしょう」

スノウ「豪雨が降れば現世人たちは室内に入って、私たちのことにも気づかれなくなる。議論の余地はないわ。命令に従いなさい。私がムカつく相手をどれだけ罵倒するか、知りたくはないでしょ」

【電話を切ったフラウは、部屋から出て行く】

フラウ「まったく、なんて言いぐさだい。好きなだけ降らせてやるとするか。ここはアタシ抜きでも大丈夫だろ」

魔女「どこにいくの?」

フラウ「ちょっと外にね。とある恥知らず女に、ふさわしいレッスンを受けさせてやるのさ」

【一方、戦場では消火活動が行われている】

タウンの住民「オーケー、ホースの用意はいい。水を出せ」

【消化ホースを構えた父クマと母クマ】

母クマ「これは私のブーちゃんの分よ、化け物ども!」

【コール老王とプリンス・チャーミングも、戦線へと向かう】

コール老王「雨はまだ降らない! ここで戦わなければ、我々の負けだぞ!」

プリンス「やつらを切り倒せ! ビルに入れさせるな!」

コール老王「勇気を示すのだ!」

【しかしその時、あたりに強い風が吹き始める】

プリンス「ん? 待て、市長! 伏せるんだ!」

ローズ「何なの!?」

【次の瞬間、暴風があたりを吹き抜ける。黒服たちは激しく吹き飛ばされ、何百体もガラクタのように積み上げられた。もちろん、火は消えている】

ビグビー「バースデーケーキにしては、キャンドルが多すぎだな」

コール老王「ビグビー!」

【暴風は、オオカミの形態になったビグビーのしわざだった】

ビグビー「遅れてすまない、みんな。息を吹きかけてしまったか? 狙いをつけるのは簡単じゃないんでな。火の取り扱いには、何にもまして気を配った方がよさそうだ」

【一方、ビグビーがやってくる少し前のこと。13階から出たフラウは、ウッドランド・ビルの最上階にある市長のペントハウスにいた】

フラウ「誰かいるかい? いないね、よし。ここならよさそうだ」 

 

Fables Vol. 4: March of the Wooden Soldiers

Fables Vol. 4: March of the Wooden Soldiers